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第4話 レオンの第二の家 ②
馬脚がさらに進むと、森の空気は一気に冷え込みを増した。周囲の木々が重なり合うように生い茂り、優しかった月明かりが遮られて途切れ途切れになっていく。
どこか暗闇の奥から、じっと僕たちを値踏みするような野生動物の気配を感じる。
ひゅう、と鳴る風の音さえ不気味で、僕はレオンの上着をぎゅっと掴んだ。
もしオオカミの群れに囲まれたら、いくら剣術に優れたレオンでも無傷ではいられないかもしれない。
そんな危険を冒してまで、この深い森の奥へとやってくるのは、それだけあの「第二の家」が二人にとって大事な場所だからだ。
レオンやネロに無駄な恐怖を悟らせて足を鈍らせないよう、僕は奥歯を噛み締めて前だけを見据えた。
しばらく進んだ、その時だった。
「見えてきたよ」
視界を塞ぐ暗闇の隙間から、ぽつり、と一点の温かいオレンジ色の光が溢れていた。
「あそこがマルコの住んでいる、俺の第二の家だ」
近づいていくランプの灯火は、獣の恐怖から僕を救ってくれるはずのものなのに、なぜか今度は別の緊張で身体がこわばっていく。心臓がトクトクと嫌な速さで脈打ち始めた。
「緊張しているか?」
「うん……。だって、レオンのお父さんみたいな人に会うんだよ。緊張するよ」
僕はただの世間知らずで、おまけに王家を追い出された身だ。そんなお荷物を連れてきて、快く受け入れてもらえるなんて到底思えなかった。
「俺はむしろ、マルコがシリエルのことを甘やかしすぎないか心配している。シリエルを甘やかしていいのは俺だけだと、あれほど言い含めてあるんだが……あいつが約束を守れるかどうか」
頭上から、困ったような、けれど酷く独占欲の強い大きなため息が降ってきた。
(僕を甘やかしていいのは、レオンだけ……)
まるで自分がレオンにとって唯一無二の、特別な存在であるかのような錯覚を覚えて、胸の奥がむず痒く、くすぐったくなる。
「大丈夫だよ。僕が甘えたいって思えるのは、レオンだけだから」
そっとレオンの広い胸に背中を預けると、ネロが『フンッ』と不満そうに鼻を鳴らした。
「ふふ、もちろんネロもだよ」
慌てて付け加えると、今度は『ブルル』と機嫌の良さそうな温かい鼻息が僕の膝に届く。
「大好きだよ、ネロ」
囁きながら、彼の黒いタテガミの生え際、一番温かい地肌にそっと触れて指先を動かした。
するとネロは気持ちよさそうに丸い目を細め、僕の手のひらに大きな首を預けてくる。
「ネロも、シリエルのことが大好きだってさ」
手綱を握るレオンの腕の筋肉が、心なしか優しく緩む。
「さっきも思ったんだけど、レオンにはネロの言葉がわかるの?」
「言葉というか、態度だな。馬のタテガミの生え際は急所だから、普通は信頼している奴にしか触らせないんだ。そこを大人しく委ねるってことは、お前を身内だと認めている証拠だよ」
「そうなんだ……」
僕を拒絶せず、真っ直ぐに好きでいてくれる存在がここにある。
その事実に触れるたび、王宮で刻まれた心の棘が消えていく。
ずっと胸に居座っていた鈍い痛みが、引いていくのが分かった。
「レオンも、僕のこと好き?」
心が軽くなったせいで、つい、子供の頃のような悪戯っぽい調子で訊ねてしまった。
すると、ふわりとタバコの匂いが濃くなり、僕のつむじに、温かく柔らかな皮膚がそっと押し当てられた。
「当たり前のことを訊くな」
降ってきた言葉は無骨だったけれど、その声色は、鼓膜が震えるほど優しかった。
『僕もだよ』
喉まで出かかったその愛の言葉を、僕は寸前で飲み込み、消した。
きっと、僕がそう言えば、レオンはどんな僕でも受け入れてくれる。
アルファたちのように強圧的なフェロモンで威嚇することのない、穏やかなベータの彼だからこそ、僕はこうして彼の腕の中で息をしていられるの。
けれど、僕は一度王家に嫁ぎ、子供も産めずに放逐された欠陥オメガだ。
そんな傷物が、これから先もずっと、この優秀な男の隣に居座っていいわけがない。
レオンの未来には、もっと相応しい、素敵な伴侶が必要なはずで、今の僕は彼の足を引っ張る邪魔者でしかないのだ。
いつまでも彼の無限の優しさに甘えてばかりいてはいけない。
いつか、レオンが本当の幸せを掴むときには、僕から綺麗に離れていかなくては。
そう未来を仮定した瞬間、冷たいナイフで抉られたように胸の奥がひどく締め付けられた。
けれど、これこそが、僕を救ってくれた彼にできる唯一の『恩返し』なのだ。
「ありがとう」
溢れそうになる恋情を、僕は差し障りのない、ただの感謝の言葉で濁して、夜の闇に隠した。
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