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第5話 レオンの第二の父 ①
暖かなオレンジ色の光が、小さな小屋の窓から溢れている。
「ちょっと待ってて」
レオンは小屋のすぐそばにある、小さな厩舎へネロを引いていった。
手入れの行き届いた馬房には、ふかふかとした乾いた藁が厚く敷き詰められている。
レオンが手際よく馬具を外すと、ネロは満足そうに『フン』と鼻を鳴らし、馬房の奥でざくざくと藁を踏みしめる音を立てた。
「行こうか」
用を終えたレオンが戻り、僕の目の前に大きな手が差し伸べられる。それだけで、胸が痛いくらいに跳ね上がった。
(いつだってレオンは、僕の手を引くときに決して手袋を外さないけれど)
それでもレオンとこうして手を繋ぐなんて、一体いつぶりだろう。
あの冷酷な王と結婚させられるまでは、いつもレオンが僕を優しくエスコートしてくれていた。
けれど結婚してからの王のエスコートは、公の場で周囲の目を欺く時だけ。
それ以外のプライベートでは、いつも別々の馬車に乗せられ、王は僕を振り返りもせず置いていってしまった。
さっきまでレオンに後ろから抱きしめられていたのに、ただ差し出された手を見つめるだけで、心臓が早く激しく脈打つ。
顔が酷く熱い。
きっと、夜の闇の中でも分かるくらい真っ赤になっているはずだ。
たかがエスコートされただけなのに……。
子供みたいな過剰な反応をしてしまう自分が恥ずかしくて、僕はそっと俯いた。
「ありが……とう」
消え入りそうな声で呟き、差し出された手のひらにそっと自分の手を添える。
すると、重ねた手を優しく引かれ、そのままレオンの広い胸の中へと強く抱き寄せられた。
「あんまり可愛いことしないでくれ……」
困ったような、けれど僕のすべてを狂おしいほど包み込んでくれるような、掠れた声音。
同時に、衣服の隙間から、今まで感じたことのない匂いが立ち上った。
森林の香りの奥から染み出す、じっとりと熱を帯びた、琥珀のような重厚で深い大人の甘さ。
吸い込むだけで鼻の奥がじーんと熱くなり、底なしの沼に囚われたように身体の力が抜けていく。
(レオンは、ベータのはずなのに……どうして、こんなに頭が痺れるの?)
瞼がひどく重たくなってくる。
このまま、彼の胸の中に閉じ込められて眠ってしまいたい。
「レオン……」
熱を帯びていく身体をすべて彼に委ね、蕩けた瞳で見上げると、僕を抱きしめるレオンの腕に、さらに凄まじい力がこもった。
「まだ……ダメだ……」
まるで自分自身の本能に必死に言い聞かせるように、お腹の底から絞り出すような声でレオンが呟く。
俯いた彼の前髪が深い影を作り、その表情は読み取れなかった。
「レオ、ン?」
不安になって彼の顔を覗き込もうとした、その瞬間『カチャリ』と、冷徹な鉄の音が夜の静寂を切り裂いた。銃の引き金を引く音だ。
一瞬にして、レオンの周囲に狂暴なまでの殺気が漂う。空気がひりつき、先ほどまでの甘く濃密な香りは消え失せ、身も凍るような凍てついた威圧感が辺りを支配した。
レオンは素早い動作で、自分の大きな身体の後ろに僕を庇い、隠す。
「誰だ」
引き金の音がした闇の向こうから、地を這うようなドスの効いた男の声が響いた。
同時に、小屋の扉から漏れる光を浴びて、まるで大きな熊のような大柄な人影が仁王立ちで立ちはだかる。
レオンが鋭く足を踏み込み、地面の小石と小石がジャリ、と不穏な音を立てて擦れ合う。彼の大きな手が、腰の剣の柄へと伸びた。
「マルコ、俺だ」
一触即発の威嚇体勢を崩さないまま、レオンがその人影に向かって低く声を放つ。
「レオン……か?」
男のドスの効いた声が、一瞬にして、年齢を感じさせる丸みを帯びたものへと変わった。
ランプの光に照らされたのは、頑強な体躯に、白髪の混じり始めた髭を蓄えた、深く温かい皺を持つ初老の男性だった。
「夜中に突然申し訳ない。一晩泊まらせて欲しい」
「なぜだ」
「シリエルがいる」
「!」
マルコと呼ばれた男が、驚愕に息を呑む気配が暗闇の中でハッキリと伝わってきた。彼は目を剥き、レオンの背後に隠された僕の姿を視線で探る。
「入れ」
マルコさんは固く閉ざしていた扉の前から大きな身体を退け、静かに、僕たちを家の中へと迎え入れてくれた。
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