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第6話 レオンの第二の父 ②
通された小屋の中は、暮らすために必要な物がすべて整えられているようで、外観から想像するよりもずっと広く感じられた。
部屋の奥にある暖炉には赤々と火がおこされていて、外の殺伐とした冷気から僕たちを優しく救い出してくれているようだ。
「スープを温めよう。シリエル様はこちらへ。お前は適当に立っていろ」
部屋の中央にある唯一のテーブル。そこに置かれた二脚の椅子のうち、一脚をマルコさんは僕のために引いてくれた。けれど、レオンには椅子を勧めようとしない。
(レオンは本当に立ったままでいるのかな……?)
心配になってチラリと横目で見ると、彼は扉のそばの壁に背をもたれかけさせ、静かに僕を見つめていた。
目が合うと、レオンの薄い唇が僅かに弧を描く。
「大丈夫だ。俺はここでいい」
声にすら出していない、僕の些細な懸念を見透かされている。
(やっぱり、レオンには敵わないな)
気持ちを全部知られているのに、不思議と嫌な気はせず、むしろ心地いい。
僕の口元から「ふふ」と自然に笑みが溢れた。
やがて、部屋の中にくつくつと煮込まれた野菜の、優しい甘い香りが立ちはだめ、胸いっぱいに広がっていく。
「いい香り……」
そう呟いた瞬間、間髪入れずに僕のお腹が『ぐぅ~』と情けない音を立てた。
「っ!」
恥ずかしさのあまり、慌ててお腹を手で押さえて音を隠そうとしたのに、今度はさっきよりも大きな音で『くぅ~』とお腹が鳴り響く。
「あはは! シリエル様は、なんとも素直でいらっしゃる」
マルコさんが快活に笑いながら、目の前の机に器を置いてくれた。
柄も装飾もない無骨な陶器の皿。
けれどそこには、金色に透き通ったスープと、ゴロゴロと大きく切られた野菜や肉が湯気を立てて輝いている。
木製のボウルには、少し冷えているが麦の豊かな香りがしっかりと残る黒パンが盛られていた。
「おかわりはいくらでもあります。さあ、どんどん食べてください」
「わあ……!」
目の前の温かいご馳走に、自然と頬が緩んでしまう。
スプーンを金色の海に滑らせ、スープを掬う。柔らかく煮込まれた野菜を一緒にのせて、そっと口元へ運んだ。
「んん……! 美味しい……!」
じわりと身体に染み渡る温かさに、細胞のひとつひとつが歓喜の声を上げているようだった。
それはもう、スプーンを動かす手が止まらない。
あまりの美味しさに夢中になりすぎて、時々スープが気管に入りそうになり、ケホケホと小さく咳き込んでしまうほどだった。
(宮廷のマナーの先生が見たら、真っ青になって怒られちゃうだろうな)
そんな贅沢な背徳感を覚えながら、今度はちぎったパンをスープに浸して口に含む。
スープを吸って柔らかくなった麦の味が口いっぱいに広がり、ふと、幼い頃にレオンと一緒に出かけたピクニックの記憶が蘇った。
逃亡の緊張でカチカチに強張っていた心が、温かいスープと、パンと、懐かしい思い出によって、少しずつ、優しくほぐされていくのが分かった。
「マルコさん、とっても美味しいです!」
気がつけばお皿は空っぽで、もうこれ以上は入らないというくらいにお腹がいっぱいだった。
それなのに、まだ食べたいと思ってしまうくらい、僕の心とお腹は満たされていた。
「それはよかったです。明日の朝は、焼きたてのパンと、とれたての卵もつけますからね」
優しく微笑んだマルコさんの、目元の皺が深く刻まれる。
「やった……! こんなに朝食が楽しみなの、本当に久しぶりです」
弾んだ声を出した直後、自分の言葉の裏にある重みに気づき、胸の奥がチクリと痛んだ。
朝が来るのが楽しみだなんて、いつ以来だろう。
王に見放された「お飾り王妃」として、王宮にいた頃の僕は、一日中使用人たちの格好の噂話のネタだった。
朝起きて、蔑むような視線と言葉のナイフを浴びせられ、やっとの思いで擦り切れながら夜まで乗り切っても、また朝がくれば同じ地獄が始まる。
だから僕にとっての救いは、誰も僕を阻害しない、月や星しかいない夜の時間だけだった。
朝なんて来なければいい、ずっと永遠に夜中のままであって欲しいと、暗闇の中で膝を抱えて祈り続けていた日々……。
そんな暗闇の底にいた僕が、今、小さな灯火の下で『明日』を楽しみにしている。
壁に背を預けたまま、僕を静かに見守ってくれているレオンの視線を感じて、僕は胸のスープとは違う、切なくて温かい熱をじわりと胃の奥に感じるのだった。
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