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第8話 言えない ①
まるで僕がここへ来るのが、最初から分かっていたかのように、部屋には僕のためのベッドが綺麗に用意されていた。
窓辺にある寝床の中へ滑り込むと、ふかふかの布団からは陽だまりと草原の、懐かしい匂いがした。
あまりにも暖かかった。
王宮を追い出されてからというもの、僕は自分がずっと欲していたはずの、過分なほどの暖かさばかりを注がれている。
なのに、一点だけ……釣り針の先端のような鋭い違和感が、その暖かな幸福のなかに引っかかりを作っていた。
『もしも、あなたをあの世界でそれほどまでに苦しめた『原因』を作ったのが、他ならぬレオンだとしたら。それでもあなたは、こいつを側におきますか?』
マルコさんのあの言葉が、|返《かえ》しのついた針のように胸の奥に深く突き刺さって、どうしても抜けてくれない。
ベッドの布団から小さく顔を出すと、窓の外から黄色く輝く満月の光が、青白く室内に差し込んでいた。 その光のなかに、扉に背を預けて静かに目を閉じている、レオンの大きなシルエットが浮かび上がっている。
僕の知っているレオンは、絶対に僕を守ってくれて、何があっても間違いなんて犯さない。なのにマルコさんの話は、それとは真反対だった。
どうしてあの時、マルコさんに向かって「そんなことは絶対にない」と、真正面からハッキリと言い返せなかったんだろう。
あんな風に、一瞬でも疑うように沈黙してしまった僕を見て、レオンは傷ついていないだろうか……。
レオンはマルコさんの言葉に対しても、怒りも言い訳もしなかった。
ただ、痛みに耐えるように視線を床へ落としていただけだった。
「ごめんね……」
眠っているはずのレオンに向かって、届くはずのない消え入りそうな謝罪を口にする。
すると、
「悪いのは、俺だ」
微動だにしていなかったはずのレオンの、低く掠れた声が暗闇に響いた。
「え……?」
タイミングを合わせるように、満月に黒い雲がかかる。部屋に差し込んでいた光が、ふっと途切れた。
一寸先も見えない暗がりのなか、衣擦れの音と共にレオンが立ち上がる気配がした。
ジャワっと寝具が鳴り、ベッドの縁がドスンと、人の重みで深く沈み込む。
すぐ目の前に、レオンの大きな気配があった。暗闇のせいで顔は見えない。
けれど、衣服の隙間から、いつものタバコの匂いに混ざって、じっとりと熱を帯びたアンバーの濃密な匂いが爆発的に鼻腔を突き刺した。
息を吸うだけで頭の芯がとろけそうになる。
「言い訳はしない。……だが、俺はシリエル、お前のためだけに生きている」
お腹の底から響くような熱い声と共に、僕の額に、ふわりと温かで柔らかなものが押し当てられた。
ドクンと心臓が跳ね上がる。
その甘い衝撃に僕が目を丸くした瞬間、雲に隠れていた満月が再び顔を出した。
白い月光が瞬時に室内を照らし出す。けれど、そこにはもう、僕一人しか残されていなかった。
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