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第22話 怪我を負った犬 ③
手当てを終えて一息ついてから、次の村を目指して再び馬車が動き出す。馬車の容赦のない振動で傷口が痛むと可哀想なので、僕は荷台の隅に座り、子犬を自分の膝の上に乗せてやることにした。
そっと撫でてやると、元々は大切に育てられていたことが分かる滑らかな毛並みと、綺麗な飲み水で洗い流したものの、取りきれなかった血が束になって硬くなった毛並みが指先に混ざり合う。
よくよく観察してみると、子犬の首には上質な革製の首輪が残されていた。そこには、小さな文字で『フェン』と名前が刻印されている。
フェンは相当疲れていたのか、あるいは傷を癒すために深い睡眠が必要なのか、手当てをしてからずっと、泥のように眠ったままだ。
「レオン、この子の名前『フェン』だって。可愛い名前だね」
前方の御者台で手綱を握るレオンの背中に声をかけると、「そうだな」と、興味があるのかないのか判別のつかない、ぶっきらぼうな答えが返ってきた。
「レオン、なんだか適当に返事してない? こんなに可愛いのに」
膝の上で丸くなって眠るフェンに「ねぇ?」と同意を求めるように声をかけると、
「俺は、シリエルがこの世で一番可愛いと思うんだが」
レオンは、さも当然の事実を口にするかのように淡々と言い放った。
不意打ちの言葉に、胸の奥が甘くくすぐったくなる。
レオンといると、いつもそうだ。胸の最奥がどうしようもなく切なく、暖かくなる。遅れて頬に熱が昇ってくるのが分かり、僕はたまらず彼の後頭部から視線を外してしまった。
まっすぐに見つめたら、そのままレオンという男の引力に、すべて吸い込まれてしまいそうで。
「……僕は、フェンの方が可愛いと思うよ」
そのまま黙り込んでしまうのは、彼の褒め言葉をそのまま受け取ったようで気恥ずかしく、どうしても素直に「ありがとう」なんて言えなかった。
けれど、口を閉ざした後に流れる沈黙の時間も、それはそれで落ち着かない。
顔が真っ赤に染まっているのを悟られたくなくて、僕は俯きながら、ひたすらフェンの頭を撫で続けた。すると突然、レオンがゆっくりとラルゴの手綱を引き、馬車をその場に停止させた。
「次の村に着いたの?」
外の様子を覗こうと、フェンを腕に抱き上げたまま立ち上がろうとした瞬間、遮光の幕を押し上げてレオンが荷台へと入ってきた。
「シリエル、座って」
レオンは、どこか酷く穏やかな声色で言いながら、荷台の床を指差した。そうして、自身も長い足を折って床にどさりと腰を下ろす。
「う、うん……」
理由がよく分からないまま、僕は言われた通りに床に座り直した。真剣な面持ちで見つめられると、それだけで身がピリリと引き締まり、元王妃としての座り方を自然と整えてしまう。
「あのな、フェンよりシリエルの方が何億倍も可愛いんだぞ。それをいい加減、自覚した方がいい」
「ん?」
真面目な顔をしてレオンが何を言い出すのかと思えば、あまりに突飛な内容に、僕は思わず首を傾げた。そんな僕の頬に、レオンの大きな掌が添えられる。
「そもそも、比べること自体が間違っている。シリエルは唯一無二だ。分かったか?」
「……?」
わからなさすぎて、僕の首はさらに傾く。
「それに、フェンはシリエルの膝の上に居座りすぎだ。俺だって、そんな風に膝枕なんて何年もしてもらってないんだぞ」
少しだけ拗ねたような口調で言いながら、レオンは眠っているフェンの眉間を指先で悪戯っぽく擦った。心地よい眠りを無理やり起こされそうになったフェンは、レオンの指を振り払おうとして、目を瞑ったまま鬱陶しそうに首を振る。
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