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第26話 新たな出会い
ラルゴの手綱を優しく引きながら、小さく見えている村に向かって歩みを進める。
緩やかな一本道を下りきると、それまで遮られていた視界が一気に開けた。
行く手に、村の境界を示す古びた木柵と、旅人の安全を祈る小さな石の祠が見えてくる。
そこが、この村のはずれだった。
柵の向こう側には、まばらに平民たちの茅葺き屋根の民家が並び始めている。
その村の入り口で、僕は見覚えのある黒い馬、ネロの姿を見つけた。
けれど、不思議なことに、近くにレオンとフェンの姿はない。
「レオンとフェン、どこへ行っちゃったんだろうね」
僕がネロとラルゴの頑丈な首元を交互に優しくさすると、『そうだね』と同意を告げるように、二頭は交互に僕の頬へと湿った鼻先をくっつけてきた。
でも、ネロがここに繋がれているということは、レオンはこの近くでフェンを見つけたということだろうか。
「しばらくここで待っていようか」
道の隅、ネロとラルゴの大きな体の間に挟まれるようにして腰を下ろし、膝を抱える。
幼い頃は広大な屋敷の奥で。
政略結婚をしてからは、冷徹な宮殿の中だけで過ごしてきた。
だから僕は、平民たちが暮らす『村』というものが、一体どういう場所なのかを何一つ知らない。
乾いた風と共に、青々とした星草の匂いが鼻腔へと運ばれてくる。
あまり整えられていない土の道には、大小さまざまな砂利がたくさん転がっていた。
(今度ネロとラルゴを歩かせる時は、足元に気をつけないと……)
そっと目を閉じると、風の向こうから微かに子どもたちの無邪気な笑い声が聞こえてきた。
活気ある子どもの声が響くこの村は、きっと豊かで平和なのだろう。
宮殿を飛び出して、初めて心から思った。
僕が今までいたあの世界は、なんてちっぽけで、狭苦しかったのだろう、と。
あんな冷え切った場所にずっと囚われていたことが、今では酷く馬鹿馬鹿しく思えてくる。
そのまま地面にゴロリと仰向けに寝転がってみると、背中にゴツゴツとした石の硬い感触が当たって痛む。
けれど、その痛みが少しも嫌じゃなかった。
むしろ、自分が今、確かにこの世界で息をして『生きている』という実感が体に満ちていく。
視界いっぱいに広がった圧倒的な青空と白い雲が、風に流されては、形を変えて消えていく。
手を伸ばせば届きそうなほど澄んでいるのに、決して届かない。
(僕は、一体いつからこうして空を見上げていなかったんだろう)
出来損ないのオメガとして、周囲から白い目で見られるのが怖くて、いつだって下ばかり向いて歩いていたのに。
「空って、こんなに綺麗だったんだね」
ぽつりと、誰に宛てるでもなく呟いた、その時だった。
「シリエル!」
遠くから、レオンの張り詰めた焦燥の声が響いた。
体を起こすのすら急に面倒に感じられて、「ここだよ〜」と、寝転んだまま片手だけを空に挙げてひらひらと振ってみせる。
「シリエル! どうした!? 何があった!?」
生きた心地がしなかったという風に、あの冷静なレオンがひどく息を切らせて駆け寄ってきた。
彼は僕の背中に大きな手を滑り込ませると、壊れ物を扱うような手つきで、僕の上半身を優しく抱き起こす。
「怪我はないか? どこか痛むところは?」
僕の体に異常がないか、琥珀色の瞳が熱を帯びてくまなく見回してくる。
「ふふ、僕は大丈夫だよ。ちょっとここで、寝転がってみたかっただけなんだ」
心配をかけたお詫びに微笑みながら、服についた土や草を払っていると、「ワン! ワン!」と元気なフェンの鳴き声が鼓膜を震わせた。
見れば、全速力で駆けてきたフェンが僕の胸へと目掛けて飛び込んできた。
その小さな質量に、僕が再び後ろへ倒れそうになったところを、レオンの逞しい腕が背後からしっかりと支えてくれた。
「こら、フェン、くすぐったいよっ」
無事を見せてくれるように、フェンは僕の頬をちいさな舌で幾度も熱心に舐め上げる。
僕は声を立てて笑いながら、今度こそ傷口が開かないよう、愛おしさを込めてその小さな体を優しく撫でさすった。
レオンの胸に支えられながら、フェンと戯れる。そんな僕たちの耳に、村の奥から、こちらへと近づいてくる複数の足音が聞こえてきた。
砂利を踏みしめる音と共に歩いてきたのは、一人の見慣れない男の人と、その父親の服の裾をぎゅっと握りしめた、七歳ぐらいの女の子の姿だった。
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