27 / 31

第27話 新たな出会い ②

 フェンは嬉しそうにカノンちゃんの胸へと飛び込んでいった。 「あなたがシリエルさんですか?」 「……あ! はい! シリエルです」  男の人に『シリエル:さん(・・)』と呼ばれ、一瞬自分のことだとは思わず、返事をするのが少し遅れてしまった。  耳の奥に残る「様」の重々しい残響が、今の「さん」という軽い響きに綺麗に塗りつぶされていく。 (彼らは僕があの牢獄の中にいた王妃だったことは知らないんだ)  やっと僕たちのことを知らない人に出会えた。  また少し、心の中のしがらみがほどけた。 「この度は私たちの家族であるフェンを助けてくださいまして、本当にありがとうございました」  男の人に深く頭を下げられて、 「そんな、そんな!」  僕は大急ぎで胸の前で両手をパタパタと振った。 「ほら、カノンからもちゃんとお礼を言いなさい」  隣にいた女の子が、男の人の服の裾をさらにギュッと握りしめる。僕と一瞬だけ目を合わせたものの、恥ずかしいのかすぐに下を向いてしまった。 「あの、お礼なんて……」  僕が言いかけた時、 「あの……フェンを助けてくれて……ありがとう。お姉ちゃん」 (お姉、ちゃん?)  また一瞬、誰のことを言っているのか分からず、首を傾げそうになった。 「あ! ああ、気にしないで。フェンが頑張ってくれたからで、僕は何もしていないよ」  僕はしゃがみ込み、カノンちゃんと同じ目線になるように姿勢を低くした。  その拍子に、僕の腰まである長い髪が地面にハラリとついた。 「僕?」  カノンちゃんが不思議そうに首を傾げる。 「うん。僕はオメガだから女の人に見えるかもしれないけれど、本当は男の人なんだよ」 「ええっ!」  カノンちゃんは丸い目をさらに丸くした。 「そんなに髪が長いのに? そんなに綺麗なのに?」  小さな柔らかい指先が、僕の髪にそっと触れた。 「ふふふ。綺麗かどうかは分からないけれど、そうなんだ」 「どうして髪、切らないの?」 「昔ね、好きな人がね、僕の髪を褒めてくれたんだ。……だからかな」  僕が結婚するよりもさらに前のこと。  レオンはもう忘れてしまっているかもしれないけれど、『シリエルの髪は絹よりも綺麗だ』と、愛おしそうに口付けを落としながら褒めてくれたことがあった。  それから、僕が自分の体の中で唯一好きになれたのが髪だった。  だからまたレオンに褒めてもらいたくて、伸ばし続けていた。 「え〜、でもその人間違ってるね」 「え?」 「だってシリエルは、髪だけじゃなくて全部綺麗だよ!」  まじまじと見上げるように純粋な瞳で言われて、顔から火が吹き出しそうなほど熱くなる。 「確かに、カノンの言う通りだ」  すぐそばにいたレオンが、大きく頷きながらカノンちゃんの言葉に賛同した。 「もう、レオン! おかしなこと言わないで!」  火照っていた顔がさらに熱くなって、もう今にも噴火してしまいそうだ。  けれど、本心ではなくても、こんな風にはっきりと言ってくれたことが、心の底から嬉しかった。  顔は熱いのに、胸の奥はくすぐったくて、ほんわりと暖かい。  にやけてしまいそうになる口角を、必死に意識して引き下げた。 「それに『カノン』なんて呼び捨てにしたらダメだよ。ちゃんと『カノンちゃん』って言わないと」  子供相手とはいえ、初対面の人を呼び捨てにするのは元王族としての礼儀に反する。 「カノンがその呼び方でいいって言ったから、いいんだ。な? カノン」  レオンが親しげに同意を求めると、 「ね〜、レオン!」  カノンちゃんも嬉しそうに、レオンを呼び捨てにして笑いかけた。  (ん?)  その瞬間、なんだか胸の奥がモヤっとした。  レオンの隣は、僕だけの特等席のはずなのに。子供が相手だと分かってはいても、二人の親しげな空気感が、ほんの少しだけ面白くない。 「おい、口が尖ってるぞ。シリエルも『カノン』って呼びたいなら、呼ばせてもらえばいいじゃないか」  レオンもしゃがみ込み、僕の尖った頬を人差し指でツンと突いてきた。 (そういう問題じゃなくて!)  言いかけた言葉を、ぐっと飲み込む。レオンの意地悪。 「僕は『カノンちゃん』って呼ぶよ」  さらに口元が尖っていくのが自分でも分かった。  けれど、この信じられないほど鈍感な騎士には、これくらい態度に出してもきっと僕の気持ちなんて伝わらないのだろう。

ともだちにシェアしよう!