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第36話 歓迎パーティー ④
「カノン、いい加減にしなさい」
ヘイワードさんの毅然とした声に、カノンちゃんはそれ以上引き留める言葉を失ったように、ぽろぽろと涙を流しながら、ゆっくりと僕の服から手を離した。
「絶対に帰ってくるからね」
戻ってくる、ではない。僕はいつか、この場所に『帰って』きたいのだ。
カノンちゃんやヘイワードさん、子犬のフェン。ベイカーさんご夫妻と一緒に、あの暖かな食卓を囲みたい。大好きなレオンと一緒に。
寂しさに胸を抉られるような思いを抱えながら、僕が今度こそ馬車へと足を向けようとした、その時だった。
「ぐぅ、……う、ううー」
不意に、ずしりと重い衝撃が足元に走った。
見おろせば、ヘイワードさんの元へ返したはずのフェンが、僕のコートのすそを大きな口でガブッと力任せに噛みついている。
「えっ? フェン!?」
フェンは太い尻尾を低く激しく振りながら、低い唸り声を上げ、まだ幼いながらもがっしりとした体を踏ん張って僕を引っ張ろうとしていた。森の中で怪我をしていたところを僕たちが見つけ、手当てをしたばかりの小さな命。けれど、野生の獣ならではの、驚くほど強くて温かい力がコートを通して僕の体に伝わってくる。
「フェン、だめだよ、服が破けちゃう。離して」
困り果ててフェンの大きな頭を撫で、宥めようとするけれど、フェンは琥珀色の瞳をきらきらと潤ませたまま、頑なに顎に力を込めて僕のすそを離そうとしない。まるで、言葉にならない声で『行くな』と必死に訴えかけているようだった。
「これ、フェン! お前まで無礼を働いているんだぞ!」
ヘイワードさんが大慌てでフェンの体を抱き上げ、僕から引き離そうとする。けれど、フェンは体が宙に浮き上がってもなお、僕の服を噛んだまま絶対に離そうとしなかった。
カノンちゃんは父親の言葉に諦めてくれたけれど、人間の言葉が通じないフェンの純粋な執着に、僕はどうしていいか分からずその場に立ち尽くしてしまった。
「シリエル」
背後から、低く穏やかな、けれどどこか酷く落ち着いたレオンの声が降ってきた。
振り返ると、レオンは僕とフェンをじっと見つめていた。その琥珀色の瞳の奥には、困惑する僕を面白がっているような、あるいは、フェンの行動をひどく歓迎しているような、奇妙に深い熱が揺らめいている。
「レオン、どうしよう……フェンが離してくれなくて」
助けを求める僕に、レオンはゆっくりと歩み寄ると、僕の肩をその大きな手でそっと抱き寄せた。いつもの、包み込まれるような安心感のあるレオンの、ほろ苦いタバコの香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
「もし、ヘイワードさんがよろしければ……」
レオンはヘイワードさんに向き直ると、生真面目な顔をして、けれどどこか含みのある低い声で言った。
「シリエルの体も、これまでの長旅の疲れが溜まっているようです。カノンちゃんやフェンがこうして引き留めてくれるのも何かの縁ですし、もうしばらく、この村に滞在させてもらえないでしょうか。もちろん、宿代の代わりに、俺たちの出来る仕事は何でも手伝わせていただきます」
「レオン!?」
驚いてレオンを見上げる。レオンは僕の視線に気づくと、ふっと目元を柔らかく緩めて、僕の頭を優しく撫でた。
「シリエルも、本当はまだこの村に居たいんだろう?」
レオンのその一言は、僕が胸の奥に隠していたわがままを、すべて見透かすように優しく暴いてみせた。
「本当に、いいのですか?」
困惑しながらも、ヘイワードさんは僕とレオンの表情をうかがうように交互に見た。
「もちろんです。みなさんのご迷惑でなければ」
レオンが丁寧に微笑み返すと、ヘイワードさんの強張っていた顔が嬉しそうにほぐれていく。
「シリエルさんとレオンさんのお気のすむまで、ずっとここにいてください!」
ヘイワードさんがそう言うと、隣にいたカノンちゃんがパッと顔を輝かせた。それを見たフェンが、ようやく満足したように僕のすそを離し、ワンッ! と嬉しそうに吠えて僕の膝に大きな頭を擦りつけてきた。
こうして僕たちの旅は、こののどかで暖かな村に、しばらく滞在することが決まった。
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