42 / 42
第42話 出逢い ②
あの持ち寄り宴の席で、僕はかなり上機嫌で酔っ払ってしまっていたらしい。
僕自身は恥ずかしいくらいにまったく覚えていないのだけれど、翌朝に出会った村の人たちからは「普段はお上品なのに、お酒が入るとあんなに楽しくなるなんて!」と、むしろ大層気に入られて好感を持ってもらえたようだった。
温かく受け入れてもらえたのは良かったけれど、何かとんでもない失態をしていないか、今でも少し心配になってしまう。
(今度からお酒をいただく時は、もっとちゃんと量と考えないといけないな……)
そんなことを反省しながら、ヘイワードさんのお宅の裏庭で、すっかり元気になったフェンの餌やりをお手伝いしていた時のことだった。
ふと、背後から熱烈な視線を感じて動きを止める。
振り返ってみると、母屋を支える太い木柱の陰から、カノンちゃんがこちらをじっと見つめていた。
けれど、僕とバッチリ目が合った瞬間、彼女はハッとしたようにさっと柱の裏へと隠れてしまう。
(どうしたんだろう?)
何か用事があるのかなと思って僕から近づこうとすると、カノンちゃんは柱の向こうでタタッと足音を立てて後ずさりしてしまった。
(あまり、近づいてほしくないのかな……)
それなら無理に追うのも悪いと思い、僕は再びフェンの餌やりの作業に戻った。
けれど、すぐにまた背中にじりじりとした視線を感じる。
今度は気づかれないように、頭を動かさず、視線だけを少しずつ動かしてカノンちゃんの様子をうかがってみた。
やっぱり、彼女は柱の陰から僕をじっと見つめている。
よくよく観察してみると、カノンちゃんは胸元に、何かとても分厚いものを大事そうに抱え込んでいた。
(本……かな?)
目を凝らすと、それは革表紙の立派な本のように見えた。
僕に何か用事があるのは確かなはずだ。けれど、声をかけようとすると隠れてしまう。
(用事はあるけれど、自分から声をかけるのは恥ずかしいのかな。さて、どうしよう……)
僕が困り果てて立ち尽くしていると、器の中のお肉の餌を夢中で食べていたフェンがふと顔を上げ、カノンちゃんがいる方向をじっと見つめた。
「ワンッ!」
フェンは元気よく一つ吠えると、小さな体を弾ませてカノンちゃんの方へと一目散に駆けていく。
「わっ! ちょっと、フェンやめてってば!」
柱の向こうからカノンちゃんの慌てた声が聞こえた。
見れば、フェンはカノンちゃんのスカートのすそを大きな口でガブッと甘噛みして、ぐいぐいと僕がいる方へ引っ張ってこようとしている。
「だめよフェン! 離して!」
カノンちゃんはフェンと僕の顔を交互に見ながら、必死に後ろへ下がろうとしていた。
けれど、フェンはがっしりとした足を踏ん張って、カノンちゃんのすそを頑なに離そうとしない。
このままカノンちゃんが無理に引っ張り合っていたら、お気に入りのスカートが破れてしまいそうだ。
僕は慌てて、カノンちゃんの方へと歩み寄った。
「やぁ、カノンちゃん。とっても素敵なものを持っているね」
僕が彼女の胸元にある分厚い本を指差すと、カノンちゃんは顔を真っ赤にして、慌てて本を背中の後ろへと隠してしまった。
「ち、違うの! 読んでほしいとか、そういうわけじゃ……ないの!」
カノンちゃんは顔の前で、本を持っていない方の手をぶんぶんと大きく横に振る。
「え?」
「お父さんがね……シリエルさんは長旅で疲れているし、お仕事もあって忙しいから、絶対に邪魔をしちゃだめだって……。私、知ってるから……」
カノンちゃんは少し寂しそうに眉を下げて、小さな爪先を見つめるように視線を落とした。
なるほど、そういうことだったのか。
カノンちゃんは僕にこの本を読んでもらいたくてやってきたけれど、ヘイワードさんから僕たちの邪魔をしないようにと言いつけられていたから、声をかけられずに遠くから見つめていたのだ。
僕はその場にふわりと屈み込み、下を向いているカノンちゃんと視線の高さを合わせるようにして優しく微笑みかけた。
「フェンにご飯をあげるお仕事は、今ちょうど終わったところだよ。だから、もう全然忙しくないんだ」
「本当……?」
カノンちゃんが恐る恐る、落としていた視線を上げて僕の顔を見つめる。
「うん、本当だよ。ちょうど僕も、どこかに座って休憩しようと思っていたところなんだ。ねぇ、カノンちゃん。もしよかったら、一緒にその本を読まない?」
僕がそう提案した瞬間、カノンちゃんの曇っていた顔が、一転してひまわりが咲いたようにパッと晴れやかになった。
「いいの……?」
「もちろん。僕、本を読むのが大好きなんだ。見せてもらってもいいかい?」
コクコクと嬉しそうに頷いたカノンちゃんから、僕はその分厚い本をそっと受け取った。
そして、色褪せた重厚な表紙に目を落とした瞬間、僕は小さく息を呑んだ。
ともだちにシェアしよう!

