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第44話 出逢い ④
「シリエルさん、カノン、夕食の用意ができたよ」
(え……?)
ヘイワードさんのあたたかい声に弾かれたように、僕とカノンちゃんは同時に本から目を上げた。
微笑みながら手招きをするヘイワードさんと、その隣に立つレオンの背後は、いつの間にか一面の夕暮れに包まれていた。
あたりをあざやかなオレンジ色に染めていた太陽は山の端へと隠れ、僕たちの頬を優しく撫でていた風も、夜の冷たさをはっきりと含み始めている。
「もう、そんな時間ですか!?」
慌てて立ち上がろうとした、その時だった。
ずっと同じ姿勢で座っていたからだろうか、目の前がふらりと大きく揺らいだ。その拍子に、抱えていた本が手から滑り落ちそうになる。
けれど、地面に落ちるよりも早く、すぐ側にいたレオンが長い腕を伸ばして、僕の体と分厚い本を同時にしっかりと受け止めてくれた。
「大丈夫か? あれ? ずいぶん懐かしい本を読んでいたんだな、シリエル」
僕を支えながら、腕の中の本の表紙を見つめるレオンの瞳が、どこか柔らかく和んでいる。
「うん。この本ね、ヘイワードさんと奥さんとカノンちゃんの大切な『宝物』の本なんだって」
『だから、僕たちの思い出と一緒だね』と、言葉を続けようとした瞬間。
「俺たちと同じだな」
レオンが、僕の言いたかったことを先回りするように優しく呟いた。
(レオンも、まったく同じことを思っていてくれたんだ……)
僕にとっての、そしてレオンにとっての特別な宝物が同じだったという事実が、胸が痛くなるほど嬉しかった。
「どこまで読んだんだ?」
レオンは一度閉じた古い本の表紙に大きな手を添え、再び優しくページを開く。
「ええと、ここまでだよ」
僕がさっきまで読んでいたページをめくって指し示すと、レオンにそのまま手渡した。
「ああ、ここか……」
きっと無意識だったのだろう。レオンはさっきまで僕たちが座っていた大きな木の根元に、自然な動作で腰を下ろすと、懐かしむように文字を追い始めた。
かつて僕の部屋で、毎日のように二人で読み耽っていた頃のように。
「ゴホン、ゴホン!」
すぐ背後から、ヘイワードさんのわざとらしい大きなしわがれ声の咳払いが聞こえてきた。
「あ……」
ハッと我に返ったレオンは、少し気まずそうに頭をかきながら本を閉じ、慌てて立ち上がる。
「続きは、また夜にでも読ませてくれるかい?」
レオンが少し屈んでカノンちゃんに訊ねると、
「もちろん! 今度はみんなで読もうね!」
カノンちゃんの弾んだ声が、夕闇に心地よく響き渡った。
それからの日々は、まるで夢のように穏やかに過ぎていった。
僕とレオンは、ヘイワードさんや隣人のベイカーさんをはじめ、村のみんなの農作業や家事の手伝いをしながら毎日を過ごした。
どこへ行くにも、僕とレオンはいつも一緒だった。
それは、まだ僕が冷酷な王のもとへ嫁がされる前の、あの邸宅で過ごした一番幸せだった子供時代を思い出させた。
あの頃も『ずっとこんな日々が続けばいい』と、毎晩のように星に願っていた。そして旅をしている今も、全く同じことを願っている。
けれど、僕の願った幸せは、今まで決して叶うことはないのだ。
(だから、もう期待してはいけない。望んではだめだ)
僕はその溢れそうになる痛切な気持ちを、ぐっと心の奥底の暗闇へと押し込んだ。
胸に溜め込まれた行き場のない願いの塊が、ずっしりと僕の心を重たくさせていく。
「シリエル。お前、また何か我慢していただろ」
一日のすべてのお手伝いが終わり、ヘイワードさんが貸してくれている屋根裏の部屋に入った、その瞬間だった。
背後から閉められた扉の音と同時に、レオンの低い声が降ってくる。
「そ……そんなことないよ」
僕は振り返ることができず、咄嗟にそう嘘をついて背中を丸めた。
無理やり心の奥に押し込んだ願いの上に、大好きな、一番大切な人に対してまた嘘を重ねてしまったという、重苦しい罪悪感が容赦なく覆い被さる。
僕は絶対に、レオンを失いたくない。
だからこそ、これ以上レオンの負担になるような我が儘は言いたくないし、本当に聞いてほしい心の叫びほど、口にすることができない。
いや……、王宮という場所にいる間に、僕は本当の気持ちを誰にも言わない不格好な癖が、完全に身についてしまっていたのだ。
「そっか……」
レオンの、どこか半分諦めたような、切ない吐息が聞こえた。
直後、背後から大きな体が隙間なく重なり、強い力で抱きしめられる。
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