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第50話 出逢い ⑧

 特製のチーズとハムをこれでもかと詰め込んだヘイワードさんの荷台に、僕たちの愛馬であるラルゴを繋ぐ。  レオンが優しく手を引いてエスコートしてくれて、僕とレオンは二人並んで馬車の御者台(ぎょしゃだい)へと乗り込んだ。 「それでは、行ってきます」  僕が大きく手を振ると、ヘイワードさんと一緒に見送りに来てくれていたカノンちゃんが、ぴょんぴょんと跳ねながら、 「お土産楽しみにしてるからねー!」  と、元気いっぱいに手を振り返してくれた。  今日はラルゴと一緒に出かけるので、ネロが『どうして俺を置いていくんだ』と言わんばかりに少し拗ねていた。 (帰ったらネロの毛並みを、いつもより丁寧に整えてあげよう)  のどかな村を離れ、街へと通じる一本道をしばらく進んでいくと、地面に転がっている無骨な石ころが少しずつ減ってきた。 やがて視界が開けて街の入り口が見えてくると、道は美しく規則正しく並んだレンガ敷きへと姿を変える。  ガタゴトと不規則に揺れていた荷馬車が、レンガの道に入った途端、微細で規則的な振動へと変わった。  この、独特な揺れと、お腹の底に響く音。  脳裏をよぎった瞬間、僕は息が止まりそうになった。 嫌応なしに、あの冷徹な王宮にいた頃のことを思い出してしまう。 時折、体面を取り(つくろ)うために城下町へと無理やり連れて降ろされていた、あの先が見えない真っ暗な日々の記憶を。  途端にドクドクと心臓が嫌に早く脈打ち始め、額からじっとりと冷たい汗が滲み出てくる。 「シリエル。……顔色が悪いぞ。大丈夫か?」  僕の異変にすぐ気づいたレオンが、手綱を握りながら、自分の大きな体を僕の方へとそっと引き寄せてくれた。 「今、俺たちは周りから見たらただの夫婦だ。もう、あの昔の場所とは違うんだよ」  低く穏やかなレオンの声が、パニックになりかけていた僕の耳に染み込んでいく。  そうだ。今はあの息の詰まる王宮とは、何もかもが違う。  あの頃、レオンは僕の隣に座って笑いかけてくれることなんて許されなかった。    レオンは黒馬のネロに(また)がり、僕の乗る豪華で冷たい馬車の外を、ただの護衛騎士として一歩引いた場所から見守るしかなかったのだ。  僕は縋るようにレオンの広い肩へと頭をもたれかけた。  するとレオンは、ラルゴの手綱を引きながら、僕の銀髪の頭頂部へと愛おしそうにそっと口づけを落としてくれた。  今のレオンは、こんなにも僕に甘くて、こんなにも近くにいてくれる。  レオンの体温を感じているうちに、激しく暴れていた心臓の音も、少しずつ落ち着きを取り戻していった。  けれど同時に、宮廷での呪われた暮らしが、これほどまでに僕の心と体に棘のついた薔薇の(つる)のように深く絡みついて離れないという事実に、胸の奥がひどく切なくなる。  ほんの少しでも宮廷での記憶を呼び覚ますきっかけがあると、それだけで僕の心は簡単に、あの暗い過去へと引き戻されてしまう。  今がどんなに幸せであっても、一瞬にして……。  気づけば、膝の上で握りしめていた僕の手は、情けないほど小さく震えていた。 「大丈夫だ。昔の嫌なことなんて、全部俺が忘れさせてやる」  レオンはそう言うと、ラルゴの手綱を器用に右手一本だけでまとめ持ち、空いた左手を伸ばして、僕の震える両手を上から温かく包み込んでくれた。 「右手だけで大丈夫?」  心配になて訊くと、 「おいおい、この俺を一体誰だと思っているんだ?」  レオンはニヤリと、いたずらっぽく不敵に笑ってみせる。  その自信に満ち溢れた表情が、あまりにも格好よくて。 「そうだったね」  僕は小さく息を吐き出し、ようやく微笑むことができた。  レオンは、僕の唯一無二の騎士。  彼がこうして隣にいてくれるのなら、どんなに過去の亡霊に囚われようと、僕は何度だって前を向いて戦おうと思えるのだ。  僕は、優しく包み込んでくれていたレオンの手から一度自分の手をそっと離した。  そして今度は僕のほうから、彼の大きな指の隙間に、自分の指を一本ずつ深く絡ませていく。 「レオン、ありがとう」  そう言葉を紡いでから、僕は恋人繋ぎにしたレオンの手を自分の口元へと引き寄せ、手の甲にそっと深い感謝と愛を込めて口づけを落とした。

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