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第51話 出逢い ⑨
頼まれていたチーズとハムの納品は意外なほど早く終わり、太陽はまだ僕たちの頭の上から眩しい光を放っていた。
「ずいぶんと早く終わったな」
空になった荷台を見つめながら、レオンが満足そうに呟く。
朝はずっしりとした重みのあった馬車も、今ではすっかり軽くなり、愛馬のラルゴもどこか歩きやすそうな様子だ。
「せっかくこうして街に来たんだ。このまま村へ帰るのももったいないな。シリエル、今日の仕事はこれで終わりだ。どこか、行ってみたい場所はあるかい?」
「行ってみたいところ……?」
「そう、あるだろ?」
王宮にいた頃も、形式的な行事のために城下町へと降りたことはあった。
行ってみたいと思う場所はたくさんあったけれど、自分の意思でどこかに立ち寄ることなんて、あの頃は一度だって許されなかったのだ。
「どこに行きたい?」
レオンに優しく促され、僕は胸を高鳴らせながら答えた。
「本屋さん」
「本屋?」
「うん。村の子供たちに、新しい本を買ってあげたいんだ」
この前、広場で『いつも同じ本ばかりで嫌だ』と小さなトラブルがあった。確か、あの男の子が持ってきてくれた絵本には、続きのお話があったはず。
それを見つけて持って帰ってあげたら、きっと子供たちは大喜びしてくれるに違いない。
「そうだな。それは名案だ」
レオンは嬉しそうに目を細めると、ラルゴを本屋の裏手へと快く繋がせてくれた。
「さあ、行こうか」
馬車を降りると、レオンが僕の目の前にそっと大きな手を差し出してきた。
「え……?」
「シリエルは目を離すと、すぐに迷子になりそうだからね。それに、今の俺たちはどこからどう見ても夫婦だ。手を繋いで歩いていたって、誰もおかしく思わないさ」
僕が返事をするよりも早く、レオンは僕の細い手を優しく包み込み、その大きな指を深く絡ませてきた。
「ずっと、こうして歩きたかったんだ」
愛おしそうに繋いだ手元をじっと見つめてから、レオンは僕の顔を覗き込んでくる。
「シリエルは、嫌だった?」
「ぼ、僕も……ずっと、こうしたかった……」
声に出して答えるなんて恥ずかしすぎたけれど、レオンはいつも僕にまっすぐな気持ちを伝えてくれる。
だから、僕も勇気を出してそれに応えたかった。
僕がレオンの飾らない本音を受け取ってこんなに嬉しいのだから、レオンにも同じように、嬉しくなってほしかった。
「シリエルが俺と同じ気持ちでいてくれて、嬉しい」
繋いだ手がふわりと持ち上げられたかと思うと、そのままレオンの唇が僕の手の甲へと優しく押し当てられた。
誰かに見られていないかと、大急ぎで周囲を見渡すと、通りを歩く街の人たちにしっかりと微笑ましげに見つめられていて、顔から火が出そうになる。
「レオンっ!」
恥ずかしさのあまり小声で抗議すると、
「ごめん」
レオンはまったく悪びれる様子もなく、心底楽しそうに声を上げて笑った。
それから、何冊もの本が詰まった分厚い紙袋をレオンに持ってもらい、僕は本屋をあとにした。
「こんなにたくさん買ってもらっちゃって……本当にごめんね」
本屋に入ったまではよかったのだけれど、魅力的なお話の本が多すぎて、どれを選ぶべきか本当に迷ってしまったのだ。
王宮にいた頃は気にも留めなかったけれど、本というのは一般の人間にとっては意外なほどに高価なものだった。
それに、今更ながら痛感したけれど、僕はレオンから手渡されたお金は持っていいても、自分自身の力で稼いだお金を何一つ持っていないのだ。
あまりの高さに買うのを諦めようとしていた僕の様子を察して、レオンは「全部買うよ」と、迷わず代金を支払ってくれたのだった。
このままでは、僕は旅に出てからもずっと、レオンに迷惑ばかりかけ続けてしまう。
これからは、きちんと自分のお金で買い物ができるように、何かできることを考えなくてはならない。
「ほら、また変なことを考えているだろう。眉間にシワが寄っているぞ」
考え込んでいた僕の眉間を、レオンの人差し指が優しく突いた。
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