52 / 55
第52話 出逢い 10
「俺はシリエルをたくさん甘やかしたいんだよ。シリエルに『ありがとう』って笑ってもらいたいんだ。だから、俺のささやかな楽しみを奪うようなことはしないでくれ」
「でも……」
「『でも』じゃない。こういう時は、なんて言うんだっけ?」
「たくさん買ってくれて……ありがとう」
胸の奥にある申し訳なさが拭いきれず、どうしても小さな声になってしまう。
「よし。あともう一つ、お礼があるだろう?」
そう言いながら、レオンは僕の目の前で腰を屈め、自分の頬を突き出してきた。
突然のことに、レオンが何を求めているのか一瞬まったく分からなくなる。
「え? なに……?」
僕が訊き返すと、レオンは突き出した自分の頬を人差し指でぽんぽんと叩いた。
「頬にお礼の口づけは?」
「え〜っ!?」
あまりの突飛な要求に、今度は通りに響くほどの大きな声が出てしまった。
また慌てて周囲をキョロキョロと見渡したけれど、幸いなことに、今度は誰もこちらを見ていない。
ホッと胸を撫で下ろしていると、
「してくれないのか」
レオンがひどく悲しそうに、大きな肩をがっくりと項垂 れさせた。いつもは頼もしい彼の体が、心なしか小さく見えてしまう。
「誰も、しないなんて言ってないよ……」
「じゃあ、してくれるっていうことか?」
さっきまで消え入りそうだったレオンの顔が、一瞬にしてパッと明るくなる。
コロコロと変わるレオンの百面相は、悔しいけれど、本当に愛らしいと思ってしまう。
「もう、仕方ないな……」
僕はもう一度辺りを見回し、誰も見ていないことをしっかりと確認してから、背伸びをしてレオンの頬へそっと唇を寄せた。ちゅ、と小さな音が響く。
「これで満足……?」
恥ずかしさを隠すために少し茶化すように言うと、レオンは満面の笑みを浮かべ、
「お礼のお礼」
と言って、今度は僕の頬へと不意打ちで口づけを返してきた。
「なっ……!?」
驚いて文句を言おうとした、まさにその時だった。
「本当に仲が良いんだねぇ」
すぐ後ろから、穏やかでからかうような女性の声が響いた。
慌てて振り返ると、そこには五十歳くらいに見える物腰の柔らかい女性が、通りの脇に露店を構えていた。
木箱の上には、細かな装飾が施された美しい装身具がいくつも並べられている。
「夫婦で……」
その露天商の女性が何かを言いかける前に、レオンがすかさず「夫婦でデートなんです」と、誇らしげに答えてしまった。
「まあまあ、私が今までここで出会ったどんなご夫婦よりも、一番仲が良さそうに見えるよ」
「はい。俺たち、すごく仲が良いんです」
レオンはすっかり上機嫌になって、僕の肩を自分の体へと引き寄せる。
「ちょっと、レオン……っ」
さすがに人前でここまで堂々と惚気 られるのは、恥ずかしさで心臓が保たない。
「あはは! お兄さん、本当に面白いねぇ。よし、気に入った! 特別にこれをやろう」
ともだちにシェアしよう!

