53 / 55
第53話 出逢い 11
女性は店に並んでいた装飾品の中から、二つの美しい銀色のリングを取り上げ、僕とレオンの前に差し出してきた。
「これをお前さんたちにやるよ」
差し出されたリングを覗き込んで、僕は思わず息を呑んだ。
安価な銀で作られたそのリングの表面には、細かな職人の手仕事によって、小さな、けれど力強い植物の模様が途切れることなくぐるりと一周、精巧に彫り込まれていた。
「これは……花の、模様ですか?」
僕が不思議そうに呟くと、露天商の女性は嬉しそうに目元を和らげ、深く頷いた。
「そうさ、よく気づいたねぇ。それはね、この街の近くにたくさん自生している『アイビー』っていう植物の花と蔦 を模 ったものさ。アイビーってのはね、一度何かに絡みついたら、枯れるまで絶対に離れないっていう、ひどく頑固な性質があってね」
女性は、僕とレオンの繋がれた手を優しく見つめながら、朗らかに言葉を続ける。
「だからこの街じゃあ、そいつを『不滅の誓い』とか『永遠の絆』なんて呼んで、夫婦の証に贈り合うんだよ。お前さんたちみたいなお似合いの夫婦には、まさにぴったりだと思ってね」
「不滅の誓い……、ですか」
女性の言葉をなぞるように、レオンが低く呟いた。
レオンの手のひらが、僕の指をさらに強く、それこそアイビーの蔦のようにガチリと締め上げる。
そのあまりの強さに心臓が跳ね上がった。
目の前にあるリングの持つ意味の重さに、胸の奥がきゅうと切なく締め付けられる。
レオンはすぐにポケットからいくつかの銅貨を取り出し、女性の手元へと迷いなく滑らせていた。
「お代は払います。……俺たちの『誓い』に、あまりにもぴったりなので」
そう言って微笑むレオンの琥珀色の瞳は、いつになく深く、暗い熱を孕んで艶めいていた。
レオンが僕に指輪を贈ろうとしてくれるのは、泣きたいくらいに嬉しい。
けれど、僕からはレオンに、何も贈ってあげることができない。
「おや……? 可愛いお前さんは、なんだか浮かない顔をしてるね。どうしたんだい?」
僕の様子の変化に気づいた女性が、不思議そうに声をかけてくる。
チラリと隣を見上げると、レオンもまた、どうして僕がそんなに寂しそうな顔をするのか分からず、不安げに僕を見つめていた。
「あの……」
僕はぎゅっと拳を握りしめ、消え入りそうな声で本音を溢してしまった。
「レオンが指輪を買ってくれるのは、ものすごく嬉しいんです。でも……僕からはレオンに、何も贈ってあげることができないから。……僕、自分の力でお金を稼いだことが、一度もないんです。だから今、あなたにお支払いできるお金が、どこにもなくて……」
ヘイワードさんたちの村で、毎日家事や仕事のお手伝いはさせてもらっている。
けれど、それは対価をいただくような『仕事』ではない。何も持たない自分が、ただただ情けなかった。
「だったら、私からの贈り物にさせてもらったら……」
女性はそこまで言いかけて、僕の目をじっと見つめ、あたたかく微笑んだ。
「そうかい。あんたは、自分で稼いだことがないのが後ろめたいんだね」
心の柔らかい部分を正確に突かれ、僕は小さく頷くことしかできなかった。
「でもね、お前さん。あんたがそこにいてくれるからこそ、この旦那は外でしっかりと働けるんだよ。守りたい大切なものがある男ってのはね、それだけでいくらでも頑張れるもんなのさ。逆に言えばねぇ、あんたがいなきゃ、この旦那は仕事もせずに、そのへんでお酒ばっかり飲んで溺れているかもしれないよ?」
「え?」
「あんたは、ただそこにいるだけで、この旦那に『帰る場所』を作ってやっているんだ。それってね、お金を稼ぐことなんかより、ずっとずっと大事なことじゃないかい? お金を動かすことだけが仕事じゃない。今、その人が一番必要としていることをしてあげることこそが、何より大切な仕事なんだよ」
女性の温かい言葉が、僕の凍りついていた胸の奥をじんわりと溶かしていく。
「これはね、仲睦まじいお前さんたちから幸せを分けてもらった、私からの本当の贈り物。……だから、二人で受け取っておくれ」
女性はぐいっと力強く指輪を差し出し、レオンはそれを恭しく、そっと両手で受け取った。
「シリエル。……左手を貸して」
レオンから静かに促され、僕は震える左手を差し出した。
レオンの温かい手のひらの上に自分の手を重ねると、彼は僕の目をまっすぐに見つめた。
「シリエルを、生涯かけて必ず幸せにすることを誓うよ」
レオンの低く、けれど揺るぎない声が鼓膜を震わせる。
言いながら、彼は僕の左手の薬指に向けて、アイビーの花がぐるりと彫られた銀のリングを、マルコさんから譲り受けた指輪の上にゆっくりと嵌 込んでいった。
はめてもらった指輪を、もっとしっかり見つめたいのに、次から次へと溢れてくる涙で視界が激しく揺れてしまって、何も見えない。
「シリエル。俺にも、はめてほしい」
レオンは優しく微笑みながら、今度は自分の大きな左手を僕の前へと差し出してきた。
僕は涙を袖で慌てて拭い、もう一つの指輪を手に取った。レオンの大きな薬指に、その銀の輪をそっと滑らせていく。
「僕も……レオンを、絶対に幸せにする」
レオンの薬指の根元まで指輪が収まった瞬間、レオンは愛おしさが堪らないといった様子で、僕の体を強く抱きしめてくれた。
「お前さんたちの神聖な誓いの場に立ち会わせてくれて、本当にありがとうねぇ」
気がつけば、見守ってくれていた露天商の女性の目にも、ぽろぽろと温かい涙が浮かんでいた。
ともだちにシェアしよう!

