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第56話 出逢い 14
「お怪我はありませんでしたか?」
「はい! おかげさまで大丈夫です」
そう朗らかに答えた男性だったけれど、僕の目は彼の右手の掌に小さく滲む赤い血を見逃さなかった。
きっと、強く押し倒されたときに地面の石で擦ってしまったのだろう。
宮廷にいた頃、僕を忌み嫌う他の貴族や使用人たちにわざとぶつかられ、地面に転んで手を痛めた過去が脳裏をよぎる。
彼の傷口を見ていたら、昔の自分の痛みと重なってしまって、どうしても放っておくことができなかった。
「でも……ここに怪我が」
僕は無意識のうちに男性へと一歩近づき、彼の傷ついた右手をとっていた。
覗き込んでみると傷は思いのほか深く、細かな砂利がいくつも入り込んでいる。
「早く手当てをしないと……」
心配のあまり僕が顔を上げると、目を大きく見開いた彼の青いの瞳と、至近距離でまっすぐに視線がぶつかった。
「君……もしかして……」
彼が何かを言いかけた、その時だった。
勢いよく店の扉が開き、店内から女性の焦った声が響いた。
「エリアス、大丈夫!?」
お腹の大きな女性が、心配そうに店の中から駆け寄ってくる。
「女将さん。俺は大丈夫ですよ」
エリアスと呼ばれた男性は、僕たちに言ったのと同じ言葉を彼女に返した。
「いいえ、そんなわけないでしょう! ここ、怪我をしているじゃない」
女将さんはエリアスの手元に気づくと、すぐに振り返った。
「本当に手当てをしないと。リアーナ、彼の手当てをしてあげて」
リアーナと呼ばれた若い女の子がエリアスの手を取り、お店の中へと促そうとする。
「あの! 待ってください!」
エリアスは急いで足を止めると、すがるような目付きでじっと僕を見つめてきた。
「君の……君の名前は?」
「僕は……」
名乗ろうとして僕が口を開かけた瞬間、後ろから伸びてきた大きな手が、僕の口元を急に強く塞いだ。
「……っ!?」
そのまま引き寄せられ、僕は後ろからレオンの逞しい胸板の中へと固く抱き囲い込まれた。
「まだ何か?」
僕の頭の上から、氷のように冷たく、恐ろしいほど低いレオンの声が響いた。
「いえ……ただ、俺は……」
エリアスは言いかけたまま言葉を詰まらせ、口をつぐんだ。
二人の視線が空中ではじけ合い、肌がピリピリと痺れるような張り詰めた緊張感が、一瞬にしてその場を支配する。
「それよりも、ぜひお礼をさせてくださいな」
張り詰めた空気を打ち破るように、女将さんが店の扉を大きく開けてくれた。
「いえ、俺たちはこれで失礼します。……行こう、シリエル」
レオンは僕の手を強引に引き寄せると、一切の未練もなく踵を返そうとした。
「どうか、待ってください!」
女将さんが慌てて僕たちの背中に声をかけてくる。
「折り入って、ご相談したいことがあるんです……」
そう言葉を落とした女将さんの視線は、切なさそうに地面へと注がれていた。何か大きな困り事を抱えているのは明らかだった。
「ねえ、レオン。きっと何か困っているんだよ。それに、あんなにお腹の大きな妊婦さんだし……お話だけでも聞いてあげよう?」
今度は僕のほうから、レオンの袖を優しく引いてみた。
「……」
レオンはしばらく固い表情のまま黙り込んでいたけれど、やがて小さく溜め息を吐くと、
「話を聞くだけだぞ」
そう言って、僕の頭をぽんぽんと優しく撫でてくれた。
「少しだけなら、お伺いします」
レオンは僕を庇うように背後に隠しながら、女将さんの前へとゆっくり歩み出た。
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