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第57話 出逢い 15
逃げて行った巨漢の男によって壊された店の木扉を無理やり押し開き、女将さんは僕たちを店の中へと招き入れてくれた。
店内は木の温もりのある酒場のような雰囲気だったけれど、いくつかある丸机は無残になぎ倒され、壊れたグラスが床一面に転がっている。
散らばったグラスからこぼれたのであろう酒が床を濡らし、あたりにはツンと鼻を突くアルコールの匂いが重く漂っていた。
店内に残っていた他のお客様や店員さんは、何が起きたのか分からないといった様子で呆然と立ち尽くしている。
「すぐに片付けますので……」
大きなお腹を抱えた女将さんが、床に転がったグラスへ痛々しそうに手を伸ばす。
けれど、女将さんの手がグラスに触れるよりも早く、すっと伸びてきたレオンの大きな手がそれを拾い上げた。
「俺がやりますから、女将さんは少し休んでいてください」
「でも……」
俯いたままの女将さんの表情は伺えない。
けれど、その声は微かに震えており、彼女の手は愛おしそうに、そして祈るように大きなお腹を何度もさすっていた。
よく見ると、女将さんがしているエプロンには床に溢れている果実酒の染みができていた。
もしかしたら先ほどの巨漢の男が、お腹の大きな女将さんにグラスを投げつけたのかもしなくのかもしれない。
「もう大丈夫です。安心してください」
レオンは低く穏やかな声でそう語りかけながら、足元がふらついている女将さんの身体を優しく支え、近くにある丈夫な椅子まで連れて行って座らせた。
「お腹、痛くなったり張ったりしていませんか?」
レオンの気遣わしげな問いかけに、女将さんは胸の上に手を置いたまま、小さく息を吐き出した。
「ええ……なんとか無事みたいです。お腹の子も動いていますし、お二人のおかげで助かりました。本当にありがとう」
女将さんはさすっていたお腹からそっと手を放すと、痛む身体を背もたれにあずけ、心底申し訳なさそうな顔で僕たちを見上げた。
「実はね……恥ずかしい話なんですが、お二人にご相談したいことがあって……」
女将さんがぽつりぽつりと語り出した内容は、思わず胸が痛くなるようなものだった。
女将さんのマーサさんのご主人は、マーサさんの妊娠が分かった頃、重い病気にかかって亡くなったそうだ。
それからマーサさんは、亡きご主人が残したこの宿屋兼酒場を一人で切り盛りしてきたという。
ことの発端であるあの巨漢の男たちが顔を出すようになったのは、数週間ほど前のことらしい。
最初はおとなしく酒を飲んでいたそうなのだが、いつしか店の看板娘であるリアーナさんを目当てに通い詰めるようになり、日に日に態度が大きくなっていったという。
「はじめは少しからかう程度だったから、私も気をつけながら様子を見ていたのよ。でも……ここ数日は特に酷くてね。『俺と一緒に酒を飲め』って、リアーナの手を強引に引っ張ったり、嫌がると店内でも暴れ回るようになってしまったの」
マーサさんは悔しそうに拳を握り締め、荒らされた店内を見渡した。
「うちに来てくれる他のお客様にも怪我をさせてしまうし、ご迷惑ばかりかかってしまって……。エリアスさんが庇ってくれていたけれど、あの子も旅の途中で立ち寄ってくれただけの客の一人。これ以上巻き込むわけにはいかないわ」
語るマーサさんの声には、店を守れない悔しさと、幼いリアーナさんやお腹の子を傷つけられるかもしれないという恐怖が滲んでいた。
「厚かましいのは百も承知です。でも……さっきの強さを見たら、頼らずにはいられなくて。どうか……うちの用心棒を引き受けてはいただけないでしょうか?」
マーサさんは深く頭を下げた。
レオンは荒らされた店内を一通り見渡してから、僕の方へと視線の向きを変えた。
「シリエルはどうしたい?」
唐突に意見を求められた。
「僕が、どうしたいか……?」
僕としては、大きなお腹を抱えたまま、亡きご主人との大切な店を守ろうとしているマーサさんの助けになりたい。
けれど、僕自身の力では到底用心棒なんて務まるはずもない。
そうなると、どうしてもレオンに無理をさせて頼ることになってしまう。
自分では何もできないくせに、軽々しく「マーサさんを助けてあげたい」なんて言ってしまっていいのだろうか。
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