58 / 91

第58話 出逢い 16

 迷いから、向けられていたレオンの視線から逃げるように目線を逸らした時。  まっすぐに僕を見つめていたエリアスさんの瞳と、正面から視線がぶつかった。  不意に、胸の奥がドキンッと大きく跳ね上がり、激しい不快感と焦燥感が僕を襲った。  なんだか胸の奥が落ち着かない。  吸い寄せられるように、彼の瞳から目が離せなくなってしまう。  脈拍が跳ね上がり、呼吸が荒く速くなっていく。 (何かがおかしい)  嫌な予感が全身を駆け巡る。  僕の意思とは全く関係のないところで、僕の中の何かが……運命の巨大な歯車が、ギギギと重い音を立てて勝手に動き出してしまうような、恐ろしい恐怖に捉われた。 「シリエルさん、君も気づいたんじゃないか?」  エリアスさんが、静かに僕へと手を差し伸べてきた。  びくんっ、と全身の皮膚が跳ね上がる。  エリアスさんが何を言いたいのか、頭では理解できない。  けれど、頭の中に真っ白な霧がかかったように視界がふわりと眩暈で揺れた。 「俺と一緒に、ここを守ろう」  エリアスさんが、僕に向かって一歩近づいてくる。 『一緒に』  その言葉が耳に届いた瞬間、なぜだか脈拍が狂ったように跳ね上がった。  本能が彼へ向かって駆け出そうと急き立てる。  けれど、その感情が酷く恐ろしい。  これ以上あの人に近づいたら、今までの自分ではいられなくなってしまいそうで怖い。  けれど、差し伸べられたその手に、吸い寄せられるように僕の手が伸びかけてしまった、その時だった。 「シリエルっ!」  切迫したレオンの声が響き、僕は力強い腕によって、背後から抱きすくめるように引き寄せられた。  レオンの硬く逞しい胸板に背中が衝突した瞬間、頭にかかっていた霧が一気に晴れ、自分の身体の中に意識が引き戻されていく感覚がした。  身体を支配していた謎の浮遊感も、狂ったような鼓動も、重く回りかけていた歯車も、嘘のように静まり返っていく。  目の前の景色が鮮明さを取り戻した。  ぎゅっと目を閉じ、僕を抱きしめるレオンの懐かしい匂いを深く吸い込むと、嵐のようだった心がみるみるうちに落ち着いていく。 「戻ってこれたか?」  耳元で囁かれたレオンのその言葉が、僕の心に妙にしっくりと溶け込んできた。  自分の意思とは関係なく身体が動かなくなってしまう、あの恐ろしい感覚。  自分が自分でなくなってしまうようで、生きた心地がしなかった。  けれど、レオンに抱きしめられたおかげで、僕は本来の自分へと戻ってくることができた。 「うん……」  僕が大きく頷くと、レオンは心底ホッとしたように、目元を優しく和らげて微笑んでくれた。  大きな掌で頭を撫でられると、愛おしさで胸の奥がくすぐったくなる。 (ああ……僕の居場所は、絶対にここなんだ)  そう心から思わせてくれる。  感謝を込めてもう一度レオンの胸元へ顔を埋めようとした時、 「シリエルさん」  背後から鋭い声で名前を呼ばれた。  ハッとして振り返ると、エリアスさんが氷のように冷たい視線でレオンを睨みつけていた。 「俺は、あなたの気持ちを知りたい」 「……」  彼の言葉を聞いた瞬間、また胸の奥がぐらりと揺らぐ感覚に襲われた。  ざわめくような不快感が込み上げてきて、僕は無意識のうちに胸元の服をぎゅっと握り締めていた。 「それを聞いて、どうするつもりだ?」  レオンもまた、エリアスさんに負けないほど鋭い眼差しで睨み返す。  二人の間で見えない視線が衝突し、バチバチと激しい火花が散っているかのように空気が張り詰めた。 「俺はシリエルさんに訊いているんだ。あなたじゃない」 「……」  レオンは何も言い返さなかったけれど、その瞳の奥の光は研ぎ澄まされた刃物のように冷たく鋭くなっていった。  格の高いアルファ同士が放つ目に見えない威圧に晒され、周りにいたお客様や店員さんたちが、恐怖に震え上がって身をすくませている。

ともだちにシェアしよう!