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第62話 新しい生活 ③
「今、何を想像したんだ?」
耳元で囁かれ、顔を覗き込まれた。
僕を見つめるレオンの深い琥珀色の瞳に、温かな光が宿っている。
「秘密」
レオンの鼻の頭を人差し指でツンと突くと、レオンの口元がフッと楽しそうに綻んだ。
「俺は、シリエルとのこれからを想像したよ。二人で一緒に歳をとって、シワが増えて白髪になっても、手を繋いで歩いている俺たちを……」
白髪になっても、ずっとレオンの隣にいられる。
それが飛び上がるほど嬉しかった。
「ずっと……僕を離さないでね」
くるりと身体を反転させ、レオンの広い背中に腕を回して抱きつく。
「僕は、絶対にレオンを離さないよ」
見上げたレオンの深い琥珀色の瞳に、涙が浮かんでいた。
窓から差し込む太陽の光を受けて、キラキラと輝いている。
目尻から一滴だけ溢れ落ちた涙を、僕は背伸びをして、唇でそっと拭い取った。
その涙にはレオンの優しい気持ちがすべて込められている気がして、僕のすべてで受け止めたいと思ったのだ。
「僕とレオンはオメガとベータだから……きちんとした番にはなれないかもしれないけれど。もし僕にヒートがきたら……その……あの……」
一番言いたいことなのに、急に言葉が詰まってしまう。
もし断られたら……そんな最悪な想像が脳裏をかすめる。
けれど、これは僕がずっとずっと心から願ってきたことだ。今、レオンに伝えなきゃ!
「もしヒートがきたら……僕のうなじを噛んでください!」
レオンの返事が怖くて、僕は逃げるようにレオンの胸元へ顔を埋めた。
僕は今までヒートが一度も訪れたことがない欠陥オメガ。
だから、これからもヒートが来ない可能性の方が高い。
でも僕の幼い頃からの願いである『ヒートが訪れたら、レオンに頸を噛んでもらいたい』は、どうしても夢で終わらせたくなかった。
長い、静寂が流れる。
「……シリエル」
頭上から降ってきたのは、低く穏やかな声だった。
けれど今の僕には、レオンの顔を見ることができない。目から溢れ出した涙で、視界が歪んでしまっているのだ。
すると、レオンの長くて無骨な指が僕の顎を優しく掴み、クイッと上に向かわせた。
「本当に……俺でいいのか?」
涙で滲む視界の中で、レオンの深い琥珀色の瞳と僕の瞳がぶつかり、吸い込まれていく。
「レオンがいい」
迷いなく答えた瞬間、目の前のレオンの顔がみるみるうちに、何かに怯え、悲しむように歪んでいった。
「シリエルに……言わなければならないことがあるんだ。でも、それを聞いてしまったら……シリエルが俺を選んでくれる自信が、俺にはない」
僕を見つめていたレオンの視線が、逃げるようにスッと外れた。
「レオン。僕を見て」
呼びかけると、レオンの身体がビクッと上下に揺れ、長いまつ毛が細かく震えた。
「レオン、僕を見て」
もう一度強く乞うたけれど、返事は戻ってこない。
僕の呼びかけに、レオンが答えてくれなかったことなんて一度もなかったのに。
(レオンは……僕に何かを隠している)
それも、僕に愛される資格がないと思い詰めてしまうほどの、大きな秘密を。僕に許されないのではないかと恐れるほどの秘密を。
「レオン、僕たちは伴侶だよ」
「……」
「僕は、どんなレオンでも愛するし、愛してる。……レオンは、僕を疑っているの?」
「違うっ!」
ずっと無言だったレオンが、叫ぶように声を上げた。
僕を見つめ返してきた深い琥珀色の瞳が、不安と恐怖で激しく揺れている。
「言いたくないことは、今言わなくていい。でも、言いたくなった時には……僕に話してほしい。レオンの重荷なら、僕が一緒に背負うから……」
いつだってこの世で一番頼りになるレオンなのに、時折見せるこの不安に揺れる瞳は何なのだろう。
今にも崩れ落ちてしまいそうになっているレオンの身体を、僕はそっと引き寄せ、力いっぱい抱きしめた。
「あの凍りついた宮殿から、僕を救い出してくれたのはレオンだよ。今度は……僕がレオンを苦しみから救い出す番だから」
抱きしめている僕の腕の中で、レオンの広い肩が静かに震えていた。
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