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第69話 翌朝 ②

 リアーナちゃんが案内してくれたのは、『ともしびの宿』に併設されている、まだお客のいない静かな酒場だった。  八人ほどが座れそうな大きな木製テーブルには、香ばしく焼けたパンや卵とハムの料理、洗いたてで瑞々しい水滴がついた果物に、たっぷりのジュースとヨーグルトがずらりと並べられている。 「わぁ……!」  思わずテーブルに駆け寄ると、漂う美味しそうな香りに僕のお腹がぐぅ〜っと小さく鳴ってしまった。僕は慌てて両手でお腹を押さえる。 「わかります、その気持ち!」  僕のとなりで、リアーナちゃんが可愛らしく笑った。 「あ! シリエルさん!」  声をかけられて振り返ると、大きなトレイを両手に乗せ、温かなスープを運んできてくれたエリアスさんが立っていた。  その姿を見た瞬間、ドクンッと胸が大きく跳ね上がる。 「お……おはよう、ございます……」  僕が小さく会釈をすると、テーブルにトレイを置いたエリアスさんが勢いよくこちらへ近づいてきた。 「昨日は失礼な態度をとってしまって、本当にすみませんでした!」  エリアスさんはそう叫ぶなり、ガバッと上半身を九十度に折り曲げて深々と頭を下げた。 「もうあのような態度は取りません! だからどうか、俺を避けないでください! よろしくお願いします!」  頭を下げたまま、エリアスさんはまっすぐ右手をこちらへ差し出してくる。  突然のことに、そばにいたリアーナちゃんも目を丸くしながらエリアスさんと僕を交互に見つめていた。 「……え〜っと……」  言葉が詰まってしまう。  エリアスさんのことは、正直に言えば少し苦手だ。かといって避けてはいないし、避けるつもりだってない。ただ、近くにレオンがいないと少し不安になってしまう部分があるだけで……。 「あの……その……」  差し出された手を握ろうかどうしようか迷っていると、背後からぐいっと強い力で引き寄せられた。  身体が倒れ込むよりも早く、包み込むような温かなアンバーの香りが僕を包み込む。 「俺の伴侶に、気安く触れようとしないでくれ」  レオンの低く冷ややかな声が頭上から降ってきた。  エリアスさんがゆっくりと顔を上げる。 「シリエルさんとレオンさんは……伴侶、なんですか?」 「ああ、そうだ」  エリアスさんは身体を起こすと、挑むような鋭い視線をレオンへと向けた。 「でも……番では、ない」 「……」  短い問いかけに、レオンは無言で眉根を寄せた。  二人の間に、バチバチと火花が散るような重い空気が流れる。このままだと、昨日の喧嘩の二の舞になってしまう……! 「あのっ!」  レオンにギュッと抱きしめられたまま、僕は二人の険悪な空気の間に割り込むように声を張り上げた。 「まだレオンとは番ではないですが……ゆくゆくは、絶対になるつもりです!」  いきなり大声を上げた僕に、レオンもエリアスさんも、リアーナちゃんまでもが目を見開いて僕を見た。 「それに……僕はエリアスさんを避けるつもりはありませんし、この『ともしびの宿』を一緒に手伝っていきたいと思っています! レオンはこんな感じでぶっきらぼうですが、本当はとてもいい人なので……レオンとも仲良くしてもらえると嬉しいです。……はい、レオン」  僕は自分を抱きしめているレオンの腕を解くと、その大きな右手を掴んでエリアスさんの方へと差し出した。 「エリアスさんと、仲直りの握手をして」 「え……?」 「え……?」  レオンとエリアスさんの声が重なった。二人ともポカンとした顔で僕を見つめている。 「俺たち、喧嘩はしてないぞ」  レオンは不服そうに言ったけれど、お互いに凄まじい威圧感を放ち合っていたのは確かだ。 「それでも、仲直りして。エリアスさんと僕たちは、ここを守っていく大切な仲間なんだよ」  僕がまっすぐ見つめ返すと、レオンは少し悔しそうに口をへの字に曲げた。けれど——。 「……失礼な態度をとって、悪かった。これからは、よき同僚としてよろしく頼む」  レオンは自分から、エリアスさんへと右手を差し出した。 「俺こそ……失礼な態度をとり、すみませんでした。よろしく……お願いします」  エリアスさんも少し引きつった表情のまま、レオンの手をしっかりと握り返した。  なんだか二人とも、不服そうにしつつも大人しく手を握り合っている様子がおかしくて、僕は思わず「ふふふ」と笑い声を漏らしてしまった。  きっとこの二人なら、ちゃんと仲良くなれる。そして僕も——。 「なにが、おかしいんだ」  笑っている僕の頬を、レオンが指先でツンと突いてきた。 「これからの日々が、とっても楽しくなりそうって思ったんだ。……仲間って、いいね」  新しい場所での、新しい生活。  これから何が起こるか分からない楽しみが、また一つ胸の中に増えたのだった。

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