71 / 91

第71話 翌朝 ④

 『ともしびの宿』の地下には大きな木製の湯船があり、宿泊客が利用できる共同風呂になっている。  僕とレオンの今日最後の仕事は、その共同風呂の清掃だった。  そして掃除のついでに、酒場で体や髪に染みついてしまった煙草の匂いや油の香りを、レオンに綺麗に洗い落としてもらったのだ。  レオンに身体を洗ってもらうなんて、生まれて初めてのこと。  石鹸の滑らかな泡を優しく肌に塗り込まれ、それだけで身体が甘く反応してしまって……。  結局、レオンの手の中で情けなく一度達してしまい、挙げ句の果てにそのままのぼせてしまって、今こうしてベッドに寝かされている。 (もう……本当に恥ずかしすぎる……っ!)  両手で顔を覆い、なんとかこの情けない姿をレオンの目に触れさせないよう必死で隠す。けれどレオンは僕のとなりに寝転がり、愛おしそうに僕の髪を指に絡ませて遊んでいた。 「レオン……そろそろ、灯りを消してくれませんか……?」 「じゃあその前に、俺を見てくれるか?」  レオンの気配がすぐ近くまで迫り、顔を隠していた指先に柔らかな唇が触れた。  たったそれだけで、身体の奥がズクンと甘く疼いてしまう。 「見ない」  顔を隠したまま首を横に向けると、指の隙間を縫うようにして、今度は頬へ柔らかい唇が落とされた。  そのまま唇は僕の首筋へと滑り落ち、ゆっくりと下へ移動していく。 「っ……あ……」  身体の奥の火照りが、どんどん増していくのが分かった。 「シリエル……こっちを向いて」  耳元で掠れた声で囁かれ、意識が甘く持っていかれそうになる。これ以上弄られたら、また身体が声を上げてしまう……。  キュッと首筋を強めに吸い上げられ、僕は爪先まで小さく跳ねた。 「レオン……、いじわる……しないで……っ」 「ごめん。シリエルがあんまり可愛くて……我慢できなかった」  今度はチュッと音を立てて額に口付けをされ、後ろから隙間もないほど強く抱きしめられた。  レオンの香ばしいアンバーの香りと、石鹸の清々しい香りが鼻腔をくすぐる。 「今、俺は本当に幸せだ」  僕の首筋に顔をうずめ、レオンが噛み締めるように呟いた。 「こうして愛するお前を抱きしめながら眠りにつける。朝目覚めた時、一番最初に目に映るのがシリエルで……愛しいと思えば、こうしてすぐに抱きしめられる」  レオンの手が僕の左手を包み込み、薬指に光る指輪の上に、何度も何度もすがるような口づけを落とす。 「愛してる、シリエル……。誰にも……誰にも渡さない……っ」  僕を抱きしめるレオンの腕に、骨が軋むほどの強い力が込められた。  何かから僕を隠し、僕を自分だけのものとして縛り付けようとするような……痛いほどの執着と、強い怯え。 (レオン……?)  思わず胸が締め付けられる。  エリアスさんと出会ってから……ううん、この『ともしびの宿』に着いてから、レオンはどこか焦っていて、僕を失うのではないかと怯えているように見える。 「レオン……僕だって、手放すつもりなんてないよ」  僕はレオンの腕の中で向き直ると、ぎゅっと身体を寄せ返した。 「こうして僕たち、少しずつ自分たちの足で歩いて、二人だけの時間が増えていくんだね」  僕がそっと囁くと、レオンの全身に張っていた硬い緊張が、ふっと解けていくのが分かった。  どうして怯えているのか理由を聞いても、きっと今のレオンは教えてくれないだろう。  だったら僕は、レオンが心から安心して過ごせるように、『ずっとそばにいるよ』と何度でも伝え続けよう。  それが当たり前の現実になって、その現実の積み重ねが、僕とレオンの揺るぎない未来を創っていくように。  僕を愛おしそうに抱きしめ返してくれるレオンの手の甲に、そっと誓いの口付けを落とし、僕はゆっくりと瞳を閉じたのだった。

ともだちにシェアしよう!