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第73話 不安な気持ち ②
エリアスさんと二人きりになってしまったことが、なんだか無性に後ろやましく思えてしまう。
僕は受け取った水差しの水を、逃げるように急いで花壇の草花へとかけた。少しでも早く、エリアスさんの前から立ち去りたくて。
「それじゃあ、僕はこれで……」
エリアスさんの顔を見ないまま踵を返し、その場から駆け出そうとした、その時だった。
「あの! これ!」
呼び止められ、思わず足が止まってしまう。振り返ると、エリアスさんの大きな掌の上に、小さな包みが載せられていた。
「これ、街で人気の菓子屋で見つけた新商品なんです! 口に入れると面白いことが起きますよ」
差し出された包みをおずおずと受け取り、中を開けてみる。柔らかい紙に包まれた小さな飴玉がいくつか入っていた。
紙を剥がすと、ガラス玉のように綺麗な丸い粒が現れる。太陽の光を反射して、まるで虹色に輝いているみたいだ。
「さぁ、召し上がってみてください!」
エリアスさんは少年のようなワクワクした笑顔で飴を勧めてくれる。
けれど……レオン以外の人からもらった食べ物をそのまま口に入れるのは、どこか躊躇われてしまった。
かといって、なんて言って断れば傷つけずに済むだろう……。
「えっと……」
僕が言葉に詰まっていると、
「あ! それ! 『魔法の飴』じゃないですか!?」
エリアスさんの背後から、リアーナちゃんがひょっこりと顔を出した。
「さすがリアーナちゃん、よく知ってるね」
「そりゃそうですよ! 今、街で一番人気のお菓子なんですから!」
そう言いながら、リアーナちゃんは僕の包みからひょいっと飴玉を一つ取り出すと、自分の口の中へ放り込んだ。
次の瞬間。
リアーナちゃんの顔がくしゃっと縮み、小さく身をすくめて足をバタバタとバタつかせ始めた。
「り、リアーナちゃん!? 大丈夫!?」
毒でも入っていたのかと青ざめ、慌てて吐き出させようと両手を差し出したが、リアーナちゃんはブンブンと首を横に振る。
「ん〜〜〜っ! 美味し〜〜〜いっ!」
リアーナちゃんは足をバタつかせながらも、口元を緩ませて頬を両手で包み込み、幸せそうに飴を堪能していた。
「美味しい……の?」
今の表情は確かに、とっても美味しいものを食べた時のリアーナちゃんだ。
でも、口に入れた直後のあの反応は、あきらかに何かしらの異変が起きた時のものだった。
(本当に、大丈夫なのかな……?)
心配になってリアーナちゃんとエリアスさんを交互に見つめていると、
「これ、最新作の魔法の飴じゃないですか!? シュワシュワ感が格段に違います!」
「あはは、シュワシュワが凄いだろう?」
エリアスさんも飴を一粒口に放り込むと、リアーナちゃんと同じように顔をしかめてから、互いに顔を見合わせて大笑いし始めた。
楽しそうな二人の様子を見つめていると、
「シリエルさんも、食べてみてください!」
リアーナちゃんが、僕の口の中にポンと飴をひとつ放り込んできた。
舌の上に飴が触れた、その瞬間——。
(っ……!?)
弾けるようなシュワシュワとした刺激が口いっぱいに広がり、思わずパチッと目を見開いてしまった。
弾ける泡と一緒に、甘酸っぱく爽やかな果実の香りが一気に鼻へ抜けていく。
「ふふ、びっくりしました? 炭酸の出る特別な実の粉を練り込んで作られてるらしくて。シリエルさん、驚くかなって思って買ってきたんです」
驚く僕の反応を見て、エリアスさんが満足そうに嬉しく笑った。
「これ、一度食べたら病みつきになってしまいますよね!」
リアーナちゃんも口の中で転がしながら微笑んでいる。
口の中では飴が元気に弾けながら、甘酸っぱい香りを広げている。体には特に変な様子もない。
(……僕、なんて失礼なことを……)
一瞬だけでもエリアスさんを疑い、お菓子を断ろうとしてしまった自分が恥ずかしかった。
僕のために珍しくて楽しいお菓子を選んで持ってきてくれた気持ちを踏みにじってしまうところだった。
罪悪感で、胸がズキンと痛んだ。
「旅が長いエリアスさんでも、この魔法の飴は珍しいものなんですか?」
リアーナちゃんがまた一粒取って口に放り込みながら尋ねる。
「ああ。初めて食べた時は……『運命の番』に出会った時みたいに、全身に電気が走ったかと思ったよ」
その時の感動を思い出しているのか、エリアスさんはコロコロと笑った。
(そういえば、リアーナちゃんから『エリアスさんは運命の番を探す旅をしている』って聞いたことがあったな……)
ふと、以前に聞いた噂話を思い出して息を呑む。
「え!? エリアスさん、やっと運命の番に出会えたんですか!?」
さっきまで飴に夢中だったリアーナちゃんが、目を輝かせて身を乗り出した。
「まあね。相手の人は……僕のことを『運命の番』だって、まだ認識してくれていなさそうだけど。でも、絶対に間違いないんだ」
エリアスさんの金色の視線が、まっすぐに僕を 捉えた。
吸い寄せられるように視線が絡み合い、息が止まる。
胸の奥が、ドキンッと痛いほど跳ね上がった。
僕は焦って首を左右に振り、絡まった視線を無理やり切ると、逃げるように地面へ目を落とした。
「時間はかかるかもしれない。でも俺は、絶対に運命の人と番になるよ」
エリアスさんの低く甘い声が、まっすぐに僕の身体へ刺さってくる。
まただ。
身体の奥がざわついて、胸が締め付けられるように苦しい。
「……応援、しています」
それだけをなんとか絞り出すと、僕はいま度こそエリアスさんの前から走り去った。
バクバクと暴れる心臓を押さえながら、必死で足を動かす。
エリアスさんが早く本当の『運命の番』と結ばれてくれれば……僕はこの嫌な胸のざわつきから、解放されるのだろうか。
そして何より——こんな風に揺れてしまう自分を、レオンに知られたくなかった。
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