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第75話 不安な気持ち ④
レオンの服に包まれていると、まるで彼に抱きしめられているようで安心する。
でも……やっぱり、本物のレオンに抱きしめられたい。
僕はベッドの中で身体を小さく丸めた。
「レオン……早く、戻ってきて……」
すがるように呟いた、その時だった。
ギシと音を立ててベッドの端が沈み込む。
「シリエル、ただいま」
愛しい人の声が聞こえたかと思うと、頭からかぶっていたシーツが優しく剥がされ、額に柔らかい口付けを落とされた。
「レオン……っ!」
僕は跳ね起きるようにして、そのままの勢いで彼の胸へと飛び込んだ。
服に残った残り香なんかじゃない。レオン本人のあたたかな体温と、大好きな香りが身体いっぱいに広がる。
逞しい背中にぎゅっと腕を回すと、
「わっ……!」
浮遊感とともに、身体ごと力強く抱き上げられた。
「どうした? 何かあったのか?」
僕を案じる、柔らかなアンバーの瞳と視線がぶつかる。
裏庭でエリアスさんに会い、心と身体がチグハグな反応をしてしまったこと。そして、そんな自分に酷い罪悪感を抱いていること。
本当の理由を伝えるべきなのに、僕はレオンの優しさに怯え、咄嗟に首を横に振ってしまった。
「……その様子は、何かあったな」
レオンは僕をそっとベッドの縁に座らせると、自分は対面になるように椅子を引き寄せて座り、僕の両手をそっと包み込んだ。
「どうした? 言ってごらん」
まっすぐに見つめられ、息が詰まる。
エリアスさんとの出来事をすぐに打ち明けることができず、僕は耐えきれずに視線を逸らしてしまった。
レオンとの間に隠し事なんて作りたくない。
けれど、エリアスさんといると身体が勝手に反応してしまうことや、レオンへの申し訳なさで頭がいっぱいになっていること……。
それをどう言葉にすればいいのか分からなかった。
僕にとって、一番大切なのはレオンだ。
だからこそ、全てを話したい。
でも、もし全てを打ち明けてしまったら、レオンを深く傷つけてしまうかもしれない。
「……言えない……っ」
混乱する頭の中で、僕が吐き出すことのできた唯一の言葉だった。
「……言えない、か」
繋がれた手の力がゆっくりと緩み、レオンの視線が寂しげに床へと落ちていく。
自分の不器用な一言が、大好きなレオンを傷つけてしまったのだと胸が痛んだ。
「違うッ……! レオン、あのね……っ」
必死に言葉を繋ごうとする僕の手を、レオンは優しく包み直した。
落ちていた視線が上がり、僕をあたたかく見つめる。
その瞳には責めるような色は一切なく、ただ深い愛だけが宿っていた。
「無理に言わなくていいんだ、シリエル」
「え……?」
「どんなことがあっても、俺はお前を受け止める。理由を言えないお前も、不安そうに震えているお前も、全部だ。だから……話したくなったら、いつでも教えてほしい」
レオンの言葉に、涙がポロポロと溢れ出した。
レオンは僕をそっと胸の中に抱き寄せ、髪を優しく撫でてくれる。
「シリエルがどんな答えを出そうとも、俺はそれを全て受け止めるよ」
——『全てを受け止めるよ』
抱きしめられた胸の中で、レオンの低い声が鼓膜を揺らす。
その言葉はあたたかく、どこまでも僕への愛に満ちているはずなのに——なぜか胸の奥が冷たく冷え切っていくような感覚に襲われた。
ーどんな答えを出しても受け止めるー
もし僕がこの宿を離れたいと言ったら?
もし僕が、レオン以外の誰かの元へ行くと言ってしまったら?
レオンは僕の答えを尊重して、優しく微笑みながら、僕の手を放してしまうのではないだろうか。
『どんな選択をしても君の意思を尊重する』というレオンの圧倒的な優しさが、今の僕にはたまらなく怖かった。
『どこへも行くな』と怒ってほしい。
『俺のそばにしろ』と、強引にでも僕の手を固く掴んでいてほしいのに。
「レオン……っ」
去ってしまうかもしれない僕を、そのまま静かに見送ってしまうようなレオンの優しさに怯え、僕はすがるように彼の背中にしがみついた。
どんなことがあってもて、レオンと離れ離れになりたくない。
どんなことがあっても、僕を手放さないでほしい。
強引にでも、引き止めてほしい……。
こんなにも揺れているのは僕なのに……。
もしもレオンが僕を放そうとしたとしても、僕の運命の人は、レオンだけなのに——。
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