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第77話 運命の日 ②

「しばらく宿の仕事はお休みしたらどうかしら?」  今朝、いつものように厨房へ向かうと、マーサさんにそう優しく声をかけられた。  最近ずっと体調の優れない僕のことを、心配してくれてのことだと分かっている。  けれど、僕は首を横に振った。「平気です」と笑顔を作ってみせたけれど、 「無理しちゃダメ。今は体を休めるのがお仕事よ」  と、優しく部屋へ追い返されてしまった。  レオンもマーサさんの意見に賛成で、僕の体調を一番に気遣ってくれた。 「シリエルの分もしっかり働いてくるから、安心して身体を休めておけよ」  そう言って僕の頭を撫で、僕の受け持つはずだった仕事まで引き受けてくれた。  ……それが、たまらなく申し訳なかった。  最近になってようやく仕事を覚え、自分から動けるようになってきたところだった。  それなのに、ここで仕事を休んでしまったら——まるで「僕なんて、どこにも必要とされていない」と言われているような気がしてしまう。  レオンも、リアーナちゃんも、エリアスさんも、皆さんはいつも笑顔で忙しそうに宿を回している。  それなのに、僕一人だけがいつも体調を崩しているのだ。  みんなの役に立ちたいのに、何一つ返せていない。 (……やっぱり僕は、出来損ないだ)  ベッドに横たわっていると、自分の駄目な部分ばかりが頭に浮かんで、胸が押し潰されそうになる。  耐えきれなくなって、僕はゆっくりとベッドから身体を起こした。  立った瞬間、一瞬だけ視界がぐらりと揺れて立ちくらみがしたけれど、息を整えるとすぐに元の景色に戻った。  窓の外を見上げると、吸い込まれそうな青空に、綿飴のような白い雲が浮かんでいる。  木々の葉が心地よい風になびき、楽しそうに揺れていた。 「裏庭くらいなら……行っても、いいよね」  体を休めるために仕事を休んでいるのに、外をうろつくのは一生懸命働いているみんなに申し訳ない。  そう思いつつも、部屋の中に漂う重苦しい空気から、どうしても逃げ出したかったのだ。  僕はお守り代わりに、ポケットへレオンの小さな手拭いを忍ばせると、静かに部屋を出て裏庭へと向かった。  外に出ると、爽やかな風が僕の頬を撫でていく。  少しだけ息がしやすくなった心地がして、深く息を吐き出した、その時だった。 「……シリエルさん?」  木陰の方から、ふいに低く爽やかな声が聞こえてハッとする。  振り返ると、そこには水やり用の桶を持ったエリアスさんが立っていた。  光を浴びて輝く金色の髪に、あたたかな笑顔。  けれど、僕の姿を認識した瞬間、エリアスさんの眉が少しだけ切なさそうに下がった。 「部屋で休んでるって聞いたけど……体調、少しは良くなった?」 「あ……えっと、はい。部屋の空気が少し重く感じて、外の空気を吸いに……」  エリアスさんの姿を見た途端、僕の身体は警戒するように強張り、心臓がトクトクと嫌な音を立て始める。  無意識に一歩、後ろへ足が引いてしまっていた。 そのわずかな動作を、エリアスさんの鋭い瞳は見逃してくれなかった。 「シリエルさん」  エリアスさんは手に持っていた桶をゆっくりと地面に置くと、静かな歩調で僕の方へと近づいてくる。  そして、少し悲しそうな、けれど真っ直ぐな瞳で僕を見つめ直すと、静かに問いかけてきた。 「……俺のこと、避けてますか?」

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