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第85話 隠されていた真実 ④
(どうして……。どうして……)
咄嗟に、自分のうなじへ触れる。
何の傷もない、そこへ。
レオンがアルファなら、どうして……?
本当なら、僕たちは番になれた。
なのにレオンは、自分の腕を噛んでまで拒んだ。
(そこまでして……)
胸が引き裂かれそうになる。
(そこまでして、僕と番になりたくなかったの……?)
「……っ」
声が出ない。
身体も動かない。
ただ、視線だけは逸らさなかった。
初めてだった。
レオンに対して、こんな感情を抱いたのは。
「いつから……騙してたの?」
カラカラに乾いた声が、喉に張り付いた。
いつから。
いつからレオンは、僕に嘘をついていたのだろう。
僕の大切な記憶が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
「俺がアルファだと分かった時から……」
「……!」
言葉が出なかった。
そんな昔から……。
大きな眩暈に襲われ、僕は掌で目を覆った。
「俺がアルファでなくベータなら、シリエルが王妃になったとしても、護衛としてずっとお前のそばにいられると思った。だから……」
レオンの言葉が途切れる。
『だから……』
その先は、聞かなくても分かった。
だから、レオンは薬を飲んだ。
自分がアルファだと知った十代の頃から、ずっと。
十年以上もの間。
レオンの身体に浮かび上がった、無数の赤黒い痣。
その身体を蝕み、確実に命を奪おうとしている痣。
その原因を作ったのが、自分をベータだと偽るために飲み続けていた薬だった。
ずっと引っかかっていた、マルコさんの言葉が蘇る。
『もしも、あなたをあの世界でそれほどまでに苦しめた「原因」を作ったのが、他ならぬレオンだとしたら。それでもあなたは、こいつを側に置きますか?』
「……わからない……」
怒りも、悲しみも、恐怖も。
一度に押し寄せてきて、今、自分が何を感じているのかさえ分からない。
僕を苦しめていた日々も。
幸せだった日々も。
その全部が、偽物の上に作られた物語のように思えてくる。
僕に向けてくれていた、レオンの眼差しも。
優しく撫でてくれていた、大きな手も。
何も言わずに包み込んでくれた、逞しい胸も腕も。
あれは、僕を守ってくれていたからじゃなかったの?
(今までの僕の記憶は……全部、嘘?)
僕は、何を信じればいいの?
すぐそばにあったはずのレオンの存在が、音もなく遠ざかっていく。
「どうして……僕を、助けたの?」
ひりついた喉の奥から、ようやく声が出た。
「放っておいて……欲しかった」
こんなことを知るくらいなら、王宮から追放された時、手を差し伸べてほしくなかった。
「黙っておいて……欲しかった」
こんなことを知るくらいなら、伴侶になってなんて言ってほしくなかった。
「突き放して……欲しかった」
レオンに、こんな気持ちを抱くくらいなら。
哀れな僕のことなんて、見捨ててほしかった。
「どうして……ずっと騙していてくれなかったの!?」
堰を切ったように、涙が溢れた。
どんなに辛いことがあっても。
ずっと、ずっとレオンだけを愛して生きたかった。
レオンさえいてくれれば、それだけで幸せだと思ったまま、生きていたかった。
レオンが、あの地獄のような宮殿から僕を連れ出してくれた時。
どれほど嬉しかったか。
二人で旅をした時間が、傷ついた僕の心をどれほど癒してくれたか。
レオンの隣にいていいと言われた時、どれほど心が躍ったか。
カノンちゃんたちと出逢い、僕を必要としてくれる人がいることを知った。
自分にも帰る場所があるのだと知った。
自分が誰かに必要とされることが、こんなにも幸せなのだと知ってしまった。
だからもう、知らなかった頃には戻れない。
こんなことになるくらいなら。
レオンの秘密なんて、何も知らずにいたかった。
王宮で、ただ息をするだけの日々を送っていたほうがよかった。
そうすれば、余計な希望なんて持たずに済んだ。
エリアスさんとも出逢わずに済んだ。
僕の運命の人が、レオンではないということも知らずにいられた。
「出ていって……」
身体の底から、どす黒い声がこぼれ落ちた。
もう何も知りたくない。
何も見たくない。
一人になりたい。
「すまない……シリエル」
項垂れた頭の上から、苦しみを噛み殺すようなレオンの声が聞こえた。
足音が遠ざかっていく。
やがて、ゆっくりと扉が閉じられた。
レオンが、完全に僕の世界から消えたような気がした。
それでも僕の心は……動かなかった。
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