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第88話 憤り ③

「レオン!」  走ってきた勢いのまま、僕は酒場の重い扉を押し開いた。  店内にいた客たちの視線が、一斉に僕へ集まる。  その中に、彼がいた。  レオンだ。  そして、その隣には見覚えのない大柄な男が立っている。  レオンと目が合った瞬間、彼のアンバーの瞳が驚愕に大きく見開かれた。 「シリエル……?」  かすれた、驚いた声。  その声を聞いた瞬間、胸の奥が大きく跳ね上がった。  会いたかった。  ずっと、ずっと会いたかった。  なのに、彼の顔を見た瞬間に胸の奥から込み上げてきたのは、安堵なんかじゃなく、激しい怒りだった。 「レオン……僕、なにも聞いてないんだけど!」  全速力で走ってきたせいで息が上がり、言葉が途切れる。  それでも構わず、僕はレオンの目の前まで大股で歩み寄った。 「どういうことか……ちゃんと説明してくれる!?」  息を切らしながら、下から真っ直ぐに彼を睨みつける。  レオンは何も言わない。  ただ、酷く痛むような、困った顔で僕を見つめている。  その弱々しい視線が、余計に僕の腹を立たせた。 「僕に何も言わないで……勝手にいなくなるなんて、絶対に許さない!」  自分でも驚くほど、声が震えていた。  レオンを許せるかどうかなんて、まだ分からない。  ずっと薬を飲ませていたことも。  アルファだと身分を偽っていたことも。  僕の人生を、ずっと裏側から勝手に動かしていたことも。  何ひとつ、許したわけじゃない。  それなのに——。  僕の前からいなくなることだけは、どうしても、どうしても許せなかった。 「一人で黙って自己完結して、僕を置いていくなんて……そんなの、絶対に嫌だ!」 「あの〜……」  隣にいた大柄な男性が、おずおずと口を挟もうとする。 「今、レオンと大事な話をしています。少し黙っていてもらえませんか!?」  自分でも思いがけないほど、鋭く冷たい声が出た。  今は、レオンの言葉だけが聞きたいのだ。  何を思って、僕の前から姿を消そうとしたのか。  僕を置いて、一体どこへ行こうとしているのか。  そして僕のことを、本当はどう思っているのか。  その答えを聞くまでは、他の誰の言葉だって耳に入れたくなかった。 「シリエル、落ち着け……」  レオンが僕を宥めるように、そっと手を伸ばし てくる。  その大きな手が僕の肩に触れる、ほんの直前で、ぴたりと止まった。 「……なんで?」  思わず、声が漏れる。  レオンは答えない。 「なんで、手を止めたの……?」  僕が一歩、詰め寄る。  するとレオンは、まるで僕に触れることを恐れるように、一歩後ろへ下がった。  胸の奥が、ズキリと激しく痛む。  まただ。  レオンはそうやって、また僕との間に勝手に線を引く。 「落ち着けって……」 「落ち着いていられるわけないでしょ!」  感情を抑えきれず、声が裏返る。 「僕を置いていこうとしてるのに……どうして僕が、黙って待っていられるの!?」 「シリエル……」 「嫌だ……!」  自分でも驚くほど、即座に叫んでいた。 「僕は……そんなの絶対に嫌だ!!」  レオンが苦しそうに目を伏せる。  その絶望したような仕草を見た瞬間、また胸が苦しくて壊れそうになった。  僕は、レオンを責めたい。  騙されていたことに怒っている。  許せないと思っている。  なのに……レオンが僕から離れていこうとすることが。怖くてたまらない。  そんな支離滅裂で矛盾した自分が、どうしようもなく嫌だった。 「……ちょっと来て」  気づけば僕は、レオンの太い手首を力任せに掴んでいた。  意図せぬ強い力に、驚いたようにレオンが僕を見る。  「シリエル……?」 「話の続き……するから」  今度こそ、絶対に離さない。  僕はレオンの手を強く引っ張り、そのまま酒場を飛び出した。  二人の記憶が残る、あの部屋へと。

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