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第三話

「ここでいま、まぐわえ、ルシアン」  金色の杯に注がれたワインをゆったりとした仕草で呑みながら、オーギュストはどうということのない様子で繰り返す。下された命令は、リュカの想像をはるかに超えるものだった。 「え、あ、あの……ここで、というのは、いまこの場で、ということでございますか?」 「他にどこがある。私が見ている前で、あいつ――アルベールとまぐわってみよ。傍で見れば何が悪いのかが一目瞭然だからな」  平然と客人――アルベールという名にわずかに聞き覚えがあったが、すぐには思い出せない――とのまぐわい、つまり性交を目の前でしろという(めい)を言ってのけるオーギュストの様子に、リュカはただうろたえるばかりだ。  確かに先達ての振る舞いは許されるものではない。しかしだからと言って、性技の知識がほぼないリュカに、王の客人の相手をさせるのはあまりに酷だというものだ。しかもそれで、夜伽における何が悪かったのか検証つもりだというのだから。 「そ、それはご無体でございます! わたしはご存知の通り夜伽の経験はございません。ですので、陛下のご意向に応えられるかは……」 「誰がお前の意見を聞いている。やるのかやらぬのか」  広間中の目がリュカに注がれ、心臓に冷や汗をかくほど恐ろしい気分だった。後宮とは言え王命は絶対だ。断わるなど死に値するも同意と言えよう。  だが、リュカの技量でオーギュストの客人を満足させられるなど到底思えない。なんとしてこの苦境を乗越えればよいのか、リュカは必死に考えを巡らせていた。 「オーギュスト様。お言葉でございますが、そのような無体はお父上レオポルドさまのご不興を買うばかりではございませぬか。先達ても後宮での振る舞いや品性についてお手紙で叱責されたと仰っていたではありませぬか」  リュカが必死に事態の回避を思案していると、先程まで口をつぐんでいた客人――アルベールが口を開いた。低く静かでよく通る声が、オーギュストの(めい)で騒めく広間に響き渡る。  声にひかれるようにリュカが顔をあげると、はす向かいに座るアルベールがまっすぐにオーギュストを見つめている姿が見えた。  褐色の肌に凛と涼やかな漆黒の切れ長の目、整った鼻梁に意志を感じる厚い唇、何より全体にまとう雰囲気が王であるオーギュストよりも精悍さを放っている。リュカが一瞬その姿に見惚れてしまうほどに凛々しく、惹き付けられるものがあった。  そうして思い出したのだ。この客人はかつて自分が後宮に召し上げられた瞬間に傍にいた彼であると。 (どうしてこんな……よりにもよってこの方となんて……!)  オーギュストはアルベールの言葉にあからさまに不愉快そうに眉をしかめ、ため息をつく。 「父上のことは放っておけ。いつまでも口煩い。もう私が玉座に就いたのだから、私のやりたいようにやらせてもらう。そういう約束で生前退位を受けたのだからな」  ヴェルミエ国の前の王であったオーギュストの父レオポルド=アルディナは、五年前に体力の衰えを理由に生前退位をしている。そのあとを継いだのがオーギュストであるのだが、どうも父王であるレポルドからたびたびその王である器について苦言を呈されているようだ。  特に後宮については頻繁に注意を受けているのか、オーギュストはうんざりといった顔をしている。 「アルベール。お前は確かに父上が私よりも信を置くほど真面目な公爵殿だ。しかしな、ここは私の城だ。私がしたいように振舞い何が悪い」 「ですが……」 「なに、施政に影響が出るほど国の財を使うような愚かな真似はせぬ。心配するな」 「…………」  オーギュストにそう言われてしまうと、もはや誰も否とは言えない。なによりオーギュストの言葉は事実ではあるため、否定のしようがないとも言える。  僅かばかりにあったと思われる、まぐわい回避の希望もあっさりと打ち砕かれ、リュカは呆然とするほかない。縋るようにオーギュストの顔を交互に見たが、意に介する様子なく微笑んでいた。 「まあこの通り、こいつはクソがつくほど真面目なやつだ。私の命令であればお前のような手のかかる者の相手など喜んで引き受けてくれるだろう。なあ、アルベール」 「……俺でよければ、お相手させて頂きます」  悠然とした様子で話をアルベールに振るオーギュストに対して、アルベールは眉一つ動かさぬ鉄仮面ぶりでうなずく。確かにとても真面目な性格であることは窺えるし、忠誠心も厚いようだ。だからこそオーギュストの無茶な命令であっても反論しないのであろう。  ここにはもう、自分の味方はいない――リュカはそう悟り、腹を決めるしかない。周囲で傍観している愛妾たちは同情の目を向けつつくすくすと嗤っているが、誰ひとりとして助け舟を出してくれそうもない。  そうと決まると、途方にくれるリュカをよそに、事態はどんどん進んでいく。それまで給仕をしていたリュカからは水差しが取り上げられ、目の前の長椅子にはアルベールが腰を下ろして襟元を緩め始めている。こうなってしまうと、リュカも脱がざるを得なくなってしまう。  あからさまな好奇の視線が注がれる中、リュカは震える手でシャツを脱ぎ捨て腰巻を解いていく。そうして公衆の面前に曝される姿態は、淡雪のように白い肌を思わせる美しさがあった。しかしリュカはあまりの事態に震えが止まらずうずくまってしまう。 「どうした。お前が咎は何でも聞くと言ったのであろう? いまさらに怖気づいたというのか?」 「す、すみません……ッふ……うぅ……」  たとえ命令とは言え、大勢の前でこのような姿をさらすことになろうなどと誰が想像しただろう。羞恥のあまりに()ぜてしまいそうなほど心臓が早打ちをしている。呼吸もままならず、姿勢を正すことも出来ない。  己で己の肩を抱くようにうずくまっていると、その手にそっとあたたかなものが重なった。思わず顔をあげると、愁いを帯びたような切れ長の黒い瞳がこちらをじっと見つめていた。 「大丈夫か? 立っていられるか?」  アルベールに気遣われ小さくうなずきはするものの、行為に取り掛かれるかは定かではない。しかしこれ以上拒むことは許されないだろう。  一体どうすれば……絶望の淵に立たされるリュカの耳に、その時思いがけない言葉が飛び込んできた。 「オーギュスト様。まぐわいと言うものは公衆の面前に見せつけるものではなく、秘め事として行い楽しむもの。せめて他の愛妾殿たちの目を遠ざけて頂けませぬか。これではままなりません」  つまり、リュカの姿に見兼ねて、この状況を変えろと暗にオーギュストに進言してくれているのであろう。まさかの心遣いを受けて驚き顔をあげると、多少興が削がれたようではあったが、一理あると思ったのかオーギュストはうなずいて答える。 「……アルベールがそういうのであれば仕方あるまい。おいお前たち、部屋へ戻れ」  そうして他の愛妾たちは広間から出され、リュカとアルベール、そしてオーギュストの三人だけが残された。それだけでもリュカにとってはわずかな安心材料であり、ようやくホッと息をつくことができた。 「さて、人払いは済んだぞ。私に意見するほどなのだから、よほど善いものを見せてくれるのだろうな?」 「…………」 「よし、いまだけは好きに言葉を交わすがいい。無言の睦み合いなど情緒がないからな」  向かいの長椅子に座り、期待のこもった目でこちらを見つめてくるオーギュストの言葉に、リュカは再び追い詰められた心持ちにさせられる。人目は減ったとは言え、命令を下したオーギュストが臨席している事態に変わりはないのだから。  こうなってしまえば、あとはもうアルベールと交わるほかない。それに満足するか否かはオーギュストが決めることなのだから。  腹を決めたリュカは、互いに何もまとっていない姿であるアルベールに向き合い、こうなってしまった事態を申し訳なく思った。 「申し訳ございません、私が至らないせいで、アルベール様を巻き込んでしまって。せめてもっとおきれいな方がよろしかったですよね」 「あなたが気にすることではない。それに……あなたはとてもきれいだ」 「え……?」  初めて言われた言葉が小さく聞こえて目を瞠ると、闇色の瞳が一瞬やわらかく細められた気がした。その優しい眼差しと言葉にリュカの胸の奥がキュッと甘く締め付けられ、いままでにない感情を覚える。  まるで胸の奥に灯りが点るような感覚――以前にも似たようなことがあったが、それはどうしてだろう。そんなことを考えていると、「おい、ルシアン」と、オーギュストがリュカの名を呼ぶ。  リュカではあるがリュカではないその名をオーギュストに呼ばれると、胸の奥が先程とは違った鈍い痛みにさいなまれ、甘味のあった締め付けなどとうになくなっていた。 「お前の役目はその体で相手に奉仕することだ。まずはお前のやり方でアルベールを愉しませてみろ」 「……はい」  命じられた言葉をリュカなりに解釈した結果、リュカは長椅子に腰かけるアルベールの足許にひざまずき、その下肢の中央に向き合う。そこにはリュカのものとは比べ物にならないほど長く太くたくましい雄芯が眠っていた。その迫力に、リュカは思わず息を飲んだのだ。

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