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*第二章 再びの王命 第一話
後宮はオーギュストによって作られた施設ではあるが、表向きは上流貴族たちが集う文化サロン的位置づけにもなっている。そのためたびたび客人を招いて夜会が開かれ、交流を深める名目で情報交換が行われているという。
今宵もまた、城の広間では複数の貴族が招かれて談笑をしている。その貴族たちの相手をするのもまた、愛妾であるリュカたちの役目でもあった。
そしてもう一つ、この後宮には違う目的――正妃を決めていないオーギュストの妃候補を選ぶ――があるのだが、男性であるリュカには無縁の話である。
(それでなくともわたしは……オーギュスト様によく思われているようには見えないからな……)
愛妾たちは招待客らをもてなすためにそれぞれ着飾ってはいるものの、その装飾や服装には明らかな差が見られる。オーギュストの傍に付き従い侍らせられている者が身に付けるのは高価な宝石を中心とした華やかな素材のもので、リュカなど給仕に回されている者たちの装いは一段控えめになっているからだ。
「おや、見ない顔だな。新入りかな?」
「は、はい。リュ……ルシアンと申します。ベルニエ伯の次男です」
「ほう! あのベルニエ伯の。ご子息がまだいらしたとは知らなかったなぁ」
社交界デビューを果たせないままに後宮入りしたせいで、リュカの顔を知る貴族は少ない。しかもオーギュストにより名も変えられているため、出自が他の愛妾と比べて曖昧になってしまう。その上庶子であることが明るみになってしまえば、たとえ後宮入りしているとは言え、ベルニエの家に恥をかかせてしまいかねない。
(なにより、オーギュスト様がわたしみたいな平民を愛妾にしたという不名誉な噂を流されないためにも、しっかり振舞わなくては)
普段は他の愛妾たちに王に近づくことさえ阻まれてしまい言葉を交わすことすらできないでいる。だが今宵は夜会の場であるから、王以外の貴族と言葉を交わして領地の情報を得られるなどすれば、何某かの役に立てるかもしれない。そう、リュカは考えた。
「この所は気候も安定していて良い季節でございますね」
「ああ、お陰で特産のブドウも順調に育っている。今年もまた上質なワインを献上できると思うとホッとするよ」
ヴェルミエ国の特産であるワインは国のあちこちで作られており、毎年秋になると上質なワインが献上され、その品評会が開かれる。王城に献上され、更に品評会で高い評価を得られると、そのワインを作った領地には王より誉れと税制上の優遇が得られると言われている。そのため、ワイン造りは各領地でかなり熱を入れて行われているのだ。
「ワインと言えば東の方で醸造所が何やら最近人が集まっているらしいんだよ。ワイン造りとして人集めをするにはまだ早い時季だというのにな」
「東の方……それはどちらの地域にあたるかおわかりになりますか?」
国の東側にある領土にはいくつか公爵領があるとは聞いている。そしてその公爵の中には、オーギュストの振る舞いを快く思っていない貴族がいるらしいという噂もあることも。
ワイン造りの際には領土内から人が集められ、大規模に行われる。そのために醸造所には秋口から晩秋にかけて人が多く集い出入りするのだ。
しかしその分、人だけではないものも出入りしやすくなるとも言えた。
「ああ、確か……ベルナール公爵の領だったかと。あそこもワイン造りが盛んだからな、早々に準備をしているのかもしれん」
ベルナールという公爵の名に聞き覚えがあったのは、まさしくそのオーギュストのことをよく思っていない公爵の一人であると耳にしたことがあるからだ。
噂で聞いた範囲でしかリュカは知らないが、ベルナール公爵の家は代々王家と親密にしていたという。特にレオポルドの時代ではその関係が深く、厳格なレオポルドを崇拝するように敬う態度が多々見られたとも聞いている。だからこそ、レオポルドの息子でありながら性格がまったく違うオーギュストのことを快く思っていないらしく、何かにつけては「御父上の頃と比べて……」とレオポルドの時代の事例を引き合いに出すという。そのあからさまな物言いを、オーギュストが知らずに放置しているとは思い難い。
確かにワイン造りで有名な公爵領ではあるが、オーギュストに代替わりしてからは取りたてられることが少なくなったとも聞いている。それもまた噂の範疇 でしかない話だが、全くの事実無根であればリュカのような者まで知るような噂となって流れてはいないだろう。
(公爵領からのワインは確かに毎年高い評価を受けているようだけれど……本当にワイン造りのために集まっているだけなのだろうか?)
確たる証拠はないし、ただリュカの勘が騒いでいるだけとも言える話だ。しかし常日頃からなにかとオーギュストと父王であるレオポルドを比べ、果てはレオポルドの王政復帰を願うようなことを口にするような者だとも聞いている。
何か企みがまったくないと思えないのは、うがった見方をしているだろうか――そう、リュカが思いながら客人の相手をしていると、「私にも飲み物をもらっても良いかな」と声をかけられた。
「はい、どうぞお取りくださいま……せ……」
出来る限りの笑みを浮かべつつ振り返った先にいたのは、先日後宮でオーギュストに命じられるままに睦み合った相手、アルベールだった。
アルベールもまたリュカが給仕をしているとは思わなかったのか、大きく目を見開いて驚いている。
「あなたは、先日の……」
「あ……その節は、お世話になりました」
あの状況のことをお世話になったという表現で済ませて良いものかわからなかったが、この場であけすけに口にする話題でもないのは確かなので、そう言い表すしかないだろう。
それはアルベールも同じなのか、困ったように苦笑し「いや、こちらこそ……」と、言葉少なに黙り込んでしまう。その沈黙は少々気まずいものが混じっている。
「なにやらベルナール公爵のお話をされているようだったが」
沈黙を破るようにアルベールから問われ、リュカはハッとしてうなずく。
「はい。ワインの醸造所に季節外れに人が集っているそうなんです」
「醸造所に? ワイン造りにしては早すぎないか?」
ベルナール公爵領での動きの違和感はアルベールにも思うところがあるらしく、腕を組んで考え込んでいる。先ほどの客人は既に別の貴族との会話に入ってしまい姿がない。
「ベルナール公爵は陛下をかなり嫌悪するような言動が多いからな……」
「あの……陛下のお耳に入れておいたほうがよろしいでしょうか? わたしの思い違いかもしれませんけれど……でも、なんだかいやな感じがします」
リュカ一人では耳にしてしまった話をオーギュストに伝えるべきかどうかの判断が付けられない。ただそれでも、妙に気にかかるとも言えた。
それはアルベールも同じ考えなのか、リュカの言葉にうなずき答えた。
「そうだな。用心するに越したことはないだろう。お耳に入れるだけでもだいぶ陛下の御心も違うかもしれないし」
アルベールの言葉を心強く思ったリュカは、さっそくオーギュストの元に向かう。
会場の玉座で愛妾たちを侍らせてくつろぐオーギュストに、アルベールは膝をついて礼をし、そっとその傍に歩み寄り耳打ちをした。
オーギュストはアルベールの耳打ちに眉一つ動かすことなく、「そうか」とだけ口が動いたのを、リュカは少し離れた場所で見つめている。果たしてオーギュストに先程の話がどう伝わったのか、どう解釈されたのか、半ば祈るような思いでいた。
「ベルナール公爵はいるか」
「は、ただいま」
ほどなくしてオーギュストがそう口を開くと、会場のどこからともなくベルナール公爵が現れた。レオポルドの時代から仕えていることもあってか、若き王の前に立っても怖気づく様子もない。
「お呼びでございますか、陛下」
「ベルナール領は毎年上質なワインを納めてくれておるな。喜ばしいことだ」
「有難きお言葉、身に余る光栄でございます。今宵もこのような実に華々しい宴にお招きいただき、感謝いたします。御父上レオポルド様の頃よりもいっそう華美になられ、王の威光を示すにはもってこいですな」
敬うそぶりを見せつつも父王との対比を隠しもしない態度は、リュカから見ていても皮肉じみていて気分の良いものではない。しかし仰々しい態度でそう述べるベルナールに対し、オーギュストは特に表情を変えることなく、感情の読めないにこやかそうな顔で応じている。
「そうだベルナール。そなたに折り入って頼みがある」
世間話の狭間、不意にオーギュストがそう言いだし、ベルナールはじめ周囲の目が注がれる。オーギュストはゆったりとした様子で玉座のひじ掛けに頬杖をつき、相変わらずにこやかな顔をしたままだ。
「そなたの領土は毎年ワイン造りが特に盛んで、王城にも多くの上質なものを献上してくれておるな」
「ええ、それはもう。陛下のお目に留まっているのでしたらこの上ない名誉でございます」
「ワインは我が国でも屈指の輸出品だ。これからも力を入れて産出したいと思うておる。そこでだ、ベルナール。そなたに北部ネアン領に出向き、ワイン造りの手腕を発揮してもらおうと考えておる」
北部にあるネアン地域はヴェルミエ国の北限にある領土でもあり、手つかずの領地が多いと言われている。オーギュストはそこをベルナールの手で開墾しろと言うのだ。
表向きは国の基幹産業の発展へ寄与を中心となって行えということなのだろうが、実態としては辺境地への左遷 とも言える。それはきっと、ベルナールも察しているのだろう。呆気にとられたような顔をして呆然としている。
「あ、有り難き幸せ……」
ベルナールは辛うじてそれだけを述べて礼をし、肩を落とした様子で去っていく。その様子を、リュカらは固唾をのんで見守っていた。たった十分にも満たないひと時で、一人の公爵の処遇が決まってしまったのだから。
「さあ、皆の者! 大いに飲んで楽しんでくれ!」
ベルナールの処遇の一幕で水を売ったようになっていた会場内に、オーギュストが空気を切り替えるかのように声を張り上げる。それを合図にして再び楽団が音楽を奏で始め、段々と談笑の気配が戻り始めていく。
さざめくように笑い声が戻り始めた会場内で、リュカは呆然と立ち尽くしオーギュストを見上げる。一段高い玉座に座る若き王は、何事もなかったかのように傍に侍る愛妾の女性の腰を抱いていた。
「おい、ルシアン」
「は、はい!」
唖然としていたリュカの名を不意に呼ばれて慌てて歩み寄ると、オーギュストは手招きをして呼び寄せる。招かれるままに恐る恐る近づいていくと、「よくやったな」と呟かれた。
「おまえがベルナールのしっぽをつかむ機会をくれた。礼を言う」
「いえ、わたしは何も……ですがあの、よろしかったのでしょうか……」
まだベルナールが確実にオーギュストに謀反 を示したわけではないし、その証拠があったわけではない。ただ噂話を耳にし、アルベールに勧められるがまま報告を頼んだだけだ。まるでリュカの思い込みでベルナールの人生を狂わせてしまったかのような気になってしまい、居た堪れなさを覚える。
しかしオーギュストはそれさえも見越しているのか、ふんと鼻で笑った。
「なに、案ずるな。悪いものは噂の段階から芽を摘むに限る。様子見をして民に被害が及んでからは面倒なだけだからな」
下がっていいぞと手で払われ、リュカは一礼をしてオーギュストの前から去った。
民に被害が及ぶ前に、早い段階から悪事の芽を摘む。それは確かに先を見通す有能さと決断力がないとできないことではある。オーギュストの言うとおり、様子見をしていて何かが起こってしまってからは遅すぎると言えよう。
(でも何故だろう……陛下は確かに優れた王でらっしゃるのに……冷たく感じてしまうのは……)
それはただリュカが世間を知らないだけで、王と言う存在に高い理想を追い求めているからだろうか。だからこそ後宮に入ってからの日々という現実に理想が崩れ、幻滅してしまっているというのだろうか。
いや、それはあまりに勝手すぎる厚かましさではないか? リュカは慌ててそう頭を振り、考えを打ち消そうとする。だがどうしても、心の中の靄 が拭えないでいた。
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