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第四話

 アルベールとの意外な共通点でどうにか心の平穏を保っていたリュカであったが、その数日後に心を揺るがされることが起こった。  図書室での件があった数日後、久方ぶりにオーギュストはアルベールを後宮に招いたのだ。今回は事前に招待された旨が知らされ、当然のようにリュカが指名された。 (何事だろう……ただの気まぐれで呼ばれただけなら良いのだけれど……)  不安を覚えながらも支度を整え、オーギュストらを出迎えもてなすために広間へ向かう。そうしている内に広間にオーギュストがアルベールを伴って現われ、酒宴が始まる。  時節の挨拶などが交わされ、世間話から段々と話題が広がっていく中、リュカはそっとアルベールを盗み見る。今日もまた若き公爵は精悍な雰囲気をまとい、凛とした姿でそこに座している。変わりない彼の姿に、リュカはホッと胸をなでおろし気持ちを落ち着かせていく。  しかしそれでも数か月前に無茶な王命を下された夜のことが時折思い起こされ、つい気がそぞろとなってしまいそうなのに、オーギュストは給仕をしていたリュカを呼び止めこう言った。 「お前、またこいつとまぐわえ。いまここで、私の前でだ」  酒宴が始まってしばらくは何事もなかったかのように過ぎていった。だからあのような戯れはあれきりだろうと、リュカはもとよりアルベールも思い込んでいたのだろう。リュカがお酌していた杯が一瞬揺れるほど驚き、オーギュストを見つめる。  リュカもまた驚きを隠さない目でオーギュストを見つめ、訴えるような視線を向けてはみるものの、先日のように意見して不興を買いかねないのでためらわれてしまう。なにより、リュカは宴が行われている夜の後宮の客人の前において勝手に発言することを許されてはいない。  それをアルベールは感じ取ってくれたのか、黙り込むリュカをちらりと見やり、口を開く。 「オーギュスト様、そのようなお戯れはあれきりではないのですか? ここはオーギュスト様の後宮。俺のような一介の公爵がそう何度もオーギュスト様の愛妾に触れていいわけがありません。なによりこのような振舞いは御父上を悲しませてしまいます」  アルベールの言葉はもっともで、一理あると言える。王の所有物とも言える愛妾と性交をしていいのは、基本的に王だけであり、戯れとは言えそう何度も臣下であるアルベールに与えられる機会ではないはずだ。それが外部に――特に後宮の存在に懐疑的な立場の貴族などに――知られてしまえば、オーギュストがアルベールに見くびられていると思われ、王の威信に関わりかねないのだから。  しかし当のオーギュストはワインを煽るように飲みながら、「構わん」と一蹴する。 「ここの(あるじ)である私が良いと言っておるのだ。私が命じた通りに動くのがお前たちの役目――そうであろう? 父上が何と言おうと構うものか。いまここは私の城なんだからな」  甘く垂れているが鋭い眼光を放つ碧眼に見つめられてしまうと、アルベールでも何も言い返せないのか、黙り込んでしまう。王への忠誠心が厚い彼のことだから、王であるオーギュストにそう言い切られてしまうと反論の余地もないのだろう。そしてそれは、一介の愛妾でしかないリュカにも言えることだ。  そんな戸惑いが隠せないアルベールとリュカの様子を、オーギュストはニヤニヤと薄く笑いながら見つめている。その様は実に愉しげだ。 「前回のまぐわいは実に善かった。なによりルシアン。お前があんなによく啼くとは思わなかったぞ。わたしの時など悲鳴を上げて逃げ出したくらいだからな」 「……その節は、大変申し訳ございませんでした」 「なに、まぐわいには相性があるとも言うからな。それに、お前は私とまぐわうよりも、私にまぐわっている様を見られる方がよさそうだからな」 「……ッ!? そ、そんなつもりはございません!」  まるでリュカがオーギュストは合わないと示したかのような言葉に、リュカは蒼ざめて声を上げる。まるでオーギュストに対して一物がある反逆者にでもされたかのような言葉に、血の気が引く思いだ。  後宮に勤める愛妾であれば、王であるオーギュストに寵愛されてこそ存在価値があるというもの。それを一度の性交の失敗で相性が悪いと断じられ、さらし者のように再び目の前で他の相手と睦み合えと言われる。これはもはやリュカに対する罰なのではないだろうか。 「どのような罰でもお受けいたします。どうか、お許しくださいませ!」  王に抱かれたくないのなら、さらし者になるか追い出されるしかないのだろうか。リュカに帰る家はとうにないも同じで、必然的にさらし者にならざるを得ないと言える。しかしそれは、後宮においては王に対する裏切りではないのだろうか。  必死にひれ伏して許しを乞おうとするリュカに対し、「お前は何を申しておるんだ?」と、オーギュストは呆れた様子で返す。  恐る恐る顔をあげて窺うと、長椅子にだらしなくもたれかかるオーギュストが、別の愛妾の肩を抱きながら楽しげに微笑んでいた。 「私はお前に罰でアルベールとまぐわえと言っているわけではないぞ」 「……へ? で、ですがわたしはオーギュスト様との夜伽で大変な失礼をしてしまい……」 「確かにそうではあろうが……言っただろう? まぐわいには相性がある、と。お前は私よりもアルベールとまぐわう方が性に合うようだからな、それを見せよというだけだ。よい余興になるからな」 「え、あ、えっと……」  オーギュストの言葉にどう反応してよいのだろう。そうだとも違うとも言い切れず、ただただうろたえるしかリュカにはすべがない。  はくはくと言葉を探して口を開くリュカに対し、オーギュストは薄く笑んだまま言葉を続ける。 「お前とアルベールのまぐわいは、非常に面白い。だからまた見せてみろというだけの話だ」  なあ、アルベール。そう水を向けられたアルベールは、ただじっとオーギュストの向かいに座ったまま動かない。それから姿勢正しく真っ直ぐに保ったまま、視線を隣で給仕していたリュカに向けてくる。その目には戸惑いと、わずかな怒りのような強い感情を感じる。 (アルベール様は、やはりわたしなんかと睦み合うなんてお嫌なんだろう。不愉快でしかないに決まっている)  忠誠心が厚いからこそアルベールは怒りをあらわにしないだけで、内心は不快感でいっぱいなのではないだろうか。オーギュストの無茶な命令のせいで自分のようなものと再び痴態を大勢の前にさらす羽目になるなんて、怒りを覚えないわけがないのだから。  だけど、ともリュカは考え、記憶を辿る。前回アルベールと睦み合った夜は思い出すだけで体の奥が熱く疼いていくのを感じる。初めて丁寧に触れられて絶頂を知ったこともさることながら、動作の一つ一つがオーギュストよりもはるかに優しく心に響いたことを振り返ると、もう一度そうされてもいいような気になってくるのだ。そんなこと、願ってもいけないはずなのに。 「オーギュスト様。恐れながら、俺では彼の相手は務まりますまい。やはり王あってこその後宮。一介の公爵でしかない俺が王のものを横取りするような真似は――」 「そうか? ルシアンはそうでもないみたいだぞ?」 「え?」  オーギュストに名指しされ、びくりと体をふるわせるリュカに、アルベールの視線が向けられる。その黒い瞳に映し出されているのは、欲情に滴る瞳で見つめ返す自分の姿だった。  抑えきれない己の欲情した姿を指摘され、一層羞恥が湧いて死にそうな気分だ。一気に恥ずかしさで肌が赤くなり、顔も挙げられない。  きっとアルベールは軽蔑していることだろう。浅ましいことを考えて見つめてくるリュカのことを、オーギュストとは違った意味で性にだらしがないと思われているのかもしれない、と。 (アルベール様にそのように思われるくらいなら、いますぐここでもっとひどい罰を受けてしまいたい)  しかし返ってきた言葉は、全く思いがけないものだった。 「……わかりました。俺でよければ、お相手させて頂きます」  全く思ってもいなかった言葉に顔をあげた時には、アルベールは立ち上がって自身のタイを緩め始めている所だった。前回のようにひと払いをするでもなく、ましてやオーギュストに反論することもなく、淡々と一枚ずつ脱ぎ捨てていく。 「どうした、ルシアン。お前も望んでいるのだろう? アルベールだけに脱がせるつもりか? それとも、脱がせてもらわないとできないのか?」 「わ、わたしは……」  オーギュストにそう言われ、リュカはまずます身を硬くしていく。どう振舞おうとも、リュカに逃げ場はない。なにより、奥底にあったはずのアルベールにまた触れられたいという欲望を彼の前に引きずり出されたことに動揺し、どう対処すればいいのかがわからないでいた。  水差しを抱えたままおろおろと狼狽(うろた)えるリュカを、オーギュストや他の愛妾らが薄笑いした目で見つめている。それが一層いたたまれず、リュカはますます小さくなっていく。図らずも呼吸が浅く速くなっていき、目眩までしてくる始末だ。  緊張のあまりうずくまりかけたその時、リュカの肩をそっと支える手があった。顔をあげるとアルベールがこちらを覗き込んでいる。  訴えかけてくるような眼差しに瞬きも忘れて見入っていると、いつの間にか水差しを取り上げられていて、腕に抱かれるようになっていた。 「案ずるな。俺に身を任せればいい」  小柄なリュカが見上げるほど大きなアルベールの上背は、腕に包まれると不思議と周りの音や視線から遮断され、気持ちが落ち着いていく。薄いシャツの生地越しに伝わるアルベールの体温、そして遠く聞こえる心音に、騒めいて揺れていたリュカの気持ちが静かになっていくのがわかった。  自然と呼吸も落ち着いてきた頃になると、リュカの腰巻がそっと解かれ、続いてシャツを脱がされていく。元より愛妾たちは後宮内ではあまり身にまとうものがないため、あっさりとリュカの肌が曝される。  その頃になるとアルベールも同じような姿になっていて、二人はオーギュストの面前で何もまとわない姿で抱き合っていた。 「さあどうした? 脱いで終いとは言わせぬぞ」  クスクスと楽しげに笑うオーギュストの声にリュカの肩がピクリと強張る。そうだ、脱いだだけでオーギュストが満足するわけがない。一度彼の前で睦み合っている以上、少なくとも同程度、それ以上の様相を見せなければならないだろう。  果たしてそんなことが可能なんだろうか――リュカが祈るように目をつぶっていると、屈みこんだアルベールが耳打ちをしてくる。 「今宵は俺が導いてやろう」  そう聞こえたかと思うと、アルベールは屈みこんだ体勢のままリュカの首筋に食いつくように口付け、すぅっと舌を這わせていく。喉元から鎖骨、胸元へたどり着くと、まずはそこを丁寧に味わい始めた。 「ッは、あ、ンぅ」 「ほう、今宵はアルベールから奉仕してやるのか? 面白い、続けよ」  オーギュストの命じる声に従うように、アルベールの舌が音を立ててリュカの乳首を愛撫する。唾液をふんだんに含ませて吸い、舐めあげ、時折甘噛みを施してくる。ピリッと走る痛みはやわらかな愛撫の中に走る刺激となり、リュカは身体を震わせて感じてしまう。 「あ、ああッ、あンぅ! ッはぁ、ッはぁ」 「アルベール、遠慮することはない。もっとやれ」  あの夜から念願だったアルベールとの触れ合いに下肢の中央が熱を持って行くのがわかる。先端からは先走りの蜜が湧触れ出し、糸を成してだらしなく垂れていく。  アルベールの舌はやがてリュカの薄っぺらな腹に行き当たり、へそをなぞり、いままさに熱を持ち始めた下腹部に行き着いた。 「ッは、ああ……」  ただの愛撫だけしか施されていないのに、リュカの膝はもはや力が入らずアルベールの肩に寄りかかって辛うじて立っているばかりだ。  それに気付いたのか、アルベールはリュカを抱くように支えながら長椅子に促して座らせる。しかしアルベールはひざまずいたままでいる。  乱れ始めた呼吸を整えながらリュカがアルベールを見つめていると、それまで全く感情が窺えなかった顔の口元がわずかにほころび、小さくリュカにだけ聞こえる声で囁いた。 「やはりあなたは、美しい。光のようだ」  その囁きの意味を問うように見つめ返す間もなく、アルベールはリュカの足許にひざまずき、その中央に口付けを始めたのだった。

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