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*第四章 冷遇愛妾が選んだものは 第一話

 アルベールとの思いを確かめ合い、身も心も結ばれた翌朝、事態は急展開を見せる。  前夜の激しい睦み合いで寝台に寝かされたまま起き上がれずにいたリュカは、部屋の外で何やら人の話し声が遠くに聞こえるのを耳にしていた。 (ああ、わたしは……ようやくアルベール様と結ばれたのだったっけ……)  ぼやける意識と視界の中でそう考えながら目を開け、瞬きをしていると、見慣れない天井が見えてくる。後宮のそれよりも質素ではあるが、ここがそれなりに立派な屋敷であることを感じさせた。そうしてようやくリュカは自分がアルベールの屋敷にいることを思い出したのだ。そして同時に、自分は後宮から抜け出してオーギュストに捜されていることも。 「いけない、こうしている場合では……!」  意識がはっきりと覚めたところで跳ね起きはしたが、いかんせん全身が痛くて仕方ない。重たく気だるい体を支えるようにどうにか起き上がり、まずは身支度を整えねばと思ってあたりを見渡していると、部屋にアルベールが入って来た。なんだか表情が曇っており、手には何か手紙らしきものを握っている。  アルベールはリュカが起き上がったのを見てホッとしたように微笑んだものの、すぐにまた表情を曇らせた。 「アルベール様……なにかあったのですか?」  手許の手紙が気になってそう問うと、アルベールは曇らせた表情のままため息をついて答えた。 「陛下に……あの男にあなたの居所を知られてしまったようだ。いましがた城から使いが寄越され、今日中に直々にあなたを迎えに来ると言っている」 「陛下がこちらに!?」  王自身が公爵の許を訪ねるなど、滅多にないことだ。恐らくこれは周囲にリュカの件でアルベールに非があるように仕向けて知らしめ、見せしめにしようとしているのかもしれない。  そうなってしまえば、リュカはおろかアルベールにも逃げ場はないと言える。リュカは逃亡の罪で、アルベールはそれを匿った罪で、それぞれ投獄される可能性が高い。  自分のせいでアルベールに咎が及ぼうとしている――恐れていたことが現実となって突き付けられている事態に、リュカの顔が青ざめていく。  何をどうすればアルベールが罪に問われないで済むのか。リュカは懸命に考えるも、心が散り散りになってしまい考えがまとまらない。  罪に問われれば、きっと相応に重たい罰を課せられるだろう。最悪の場合、命を差し出さなくてはならないかもしれない。  アルベールと共にあれるのであれば何も怖くはないとは思ってはいたものの、実際こうして王権をちらつかされてしまうと、決心が揺らぎそうになるのも事実だ。 「リュカ。あなただけでもいまから逃げるんだ」 「え……何を仰るんですか……わたしたちは、ずっと共にあると……」 「確かにそう思っている。だが、あの男はきっとそれを許してはくれない。なにより、あなたがどのような扱いを受けるか。きっとむごいことになるに決まっている。あの男は自分を裏切る者に容赦がないのは、あなたもよく知っているだろう?」  それはきっとベルナール公爵の件を指しているのだろう。ただの噂話程度で自分に異を唱える者を辺境地へと追いやったオーギュストの冷酷さを、リュカは目の当たりにしてよく知っている。  噂話程度でああなのであれば、自分を裏切った愛妾になどもっと容赦のない罰を与えてくるだろう。そしてアルベールはそれを庇いだてもしているのだ。二人が厳罰に処されるのは目に見えている。  しかしだからこそ、リュカはアルベール置いて自分だけが逃れようとは思わなかった。 「陛下の冷酷さは、よくわかっております。ですが……わたしは、共に生きると誓ったあなた様を置いて逃げるほどに非道にはなりたくありません」 「リュカ、しかし……」 「共に生きる約束をしたではありませんか。どこであろうとも、どんなことが待ち受けていようとも、共にあろう、と」  本音を言えば、リュカだってオーギュストの冷酷さを知っているからこそ現状の恐ろしさが計り知れない。逃げ出したい気持ちがないとは言わないが、しかしそれはリュカだけが逃れたいという意味ではない。  うつむくアルベールの手を取り、リュカは闇色の瞳を見つめて胸の中に宿る想いを伝える。 「どこまでも、いつまでも共にありましょう、アルベール様。たとえ死が待ち受けているのだとしても、わたしはあなた様が一緒なら怖くありません」 「リュカ」 「二人で生きて、もし死ぬのであれば二人で死を受け容れましょう、アルベール様」  手を取り、そっと口付けて祈りを注ぐようにリュカが告げると、その手をアルベールが握りしめてくる。 「そうだな、リュカ。二人で共にあれるよう、陛下に伝えてみよう」  たとえそれをオーギュストが許さず、二人に死を宣告してきたとしても、受け入れる覚悟はできていた。  このまま二人手を取り逃げ出すことも出来るだろう。しかしそうするほどに二人は自分たちに非があるとも後ろめたいことがあるとも考えていない。オーギュストの暴挙に抗い、真に愛し合っていることを示すことで、二人で共にあることを表明しようと考えたのだ。  もちろん、上手く行く保障などどこにもない。寧ろ怒りを買う可能性の方が高いとも言える。それでも二人が逃げることを選ばなかったのは、自分たちを繋ぐものこそが愛情であると信じているからだ。 「俺たちはどこまでも共にあれる」 「はい、アルベール様」  窓から降り注ぐ新しい――しかし最後になるかもしれない――朝日が降り注ぐ中、二人は永遠を誓うように口付け手を取り合い、支度を整えに向かった。  オーギュストの一行がアルベールの屋敷の到着したのは、それから二時間ほどが経った昼過ぎだった。  アルベールが予測していた通り、オーギュストはたくさんの護衛と侍従を引き連れて現われ、いかに王権を振りかざしているのがわかる。  屋敷は森に囲まれた静かな一角にあることもあり、オーギュストの到着はちょっとした騒動になっている。  屋敷の門前で支度を整えたアルベールとリュカが待っていると、きらびやかな馬車が到着した。 そうして中から現れたオーギュストは、普段滅多に身につけない冠を頂き、儀式用のヒョウ柄の毛皮を身にまとっている。ひと目で王の威厳が伝わるようにしているのかもしれない。 「ここにいたのだな、ルシアン。さあ、城へ帰るぞ」  悠然とした態度で、当然のようにオーギュストはリュカにそう告げたが、リュカは一歩も前へ出ることはない。じっとアルベールの傍に留まり、まっすぐにオーギュストを見返している。  オーギュストの口調はやわらかだが、有無を言わせない圧力があり、正直押しやられてしまいそうな気さえする。  迫力に負け、言葉に従いそうなほど恐ろしいのだが、それでも踏みとどまれているのは隣にアルベールがいるからだ。 「どうしたルシアン。帰らぬと言うのか?」 「――はい。わたしはもうあなた様のものではありませんので、帰るつもりはありません」  震えそうになる膝も声も奮い立たせながらも、はっきりとそう告げるリュカを、オーギュストの柔和な笑みをヒクリと震わせる。断られるなど欠片も思っていなかったのか、神経を逆なでされているのかもしれない。  しかしオーギュストも王である。それだけで心を揺さぶられぬのか、フンと鼻先で笑って言い返す。 「ならばお前は王である私に逆らうというのか? この私が、お前を愛してやっているというのに」 「あなた様は、決してわたしを愛していたわけではありません。わたしというものを所有したいだけです」 「……なんだと?」  リュカのきっぱりとした拒絶の言葉に、オーギュストの顔が曇っていく。苛立ちすら感じる低い声に、リュカはぎゅっと拳を握りしめ、耐える。 「お前ごときが私にそのような言い草が許されると思っておるのか? 王たる私に愛されずして生きていけないお前が、私に対して何を言っているのかわかっておるのか!?」 「わたしは、一度たりともオーギュスト様に愛されていると思ったことはありません。いつだってわたしは、あなた様の都合のいい玩具のように扱われていましたから」  この場で詳細を口にするのはさすがにはばかられるが、説かずともオーギュストには心当たりがあるのだろう。リュカの言葉に真っ赤になって肩を震わせ怒りをあらわにしていく。  鬼のような形相になったオーギュストは、怒りに震えながらアルベールを指さして怒鳴りたてる。 「お前だな! お前が私の愛するルシアンに余計な入れ知恵をしたのは!!」 「お言葉ですが陛下、私は彼に入れ知恵をした憶えはありません。あるとすれば――本来されるべき扱いと、持っている権利について説いたに過ぎません」 「権利だと……? やはり入れ知恵をしているではないか!! 王である私に歯向かえという入れ知恵だ! 許さぬぞ、いまここで斬り捨ててくれる!!」  リュカ同様、オーギュストの剣幕にひるむことなく自身の考えを述べるアルベールに、オーギュストが感情を爆発させる。勢いのままに腰に下げる剣をすらりと抜き、掲げながら迫って来る。  震える膝を叱咤し、リュカはただじっとアルベールに寄り添い続ける。オーギュストから目を逸らすことなく、二人は互いを支え合うようにしていた。 「命乞いをしろ。いまならまだ許してやる」  オーギュストは二人を前に剣を掲げながらそう脅してくる。怒りに血走った目に正気は窺えなかったが、それでもアルベールもリュカも彼の言葉に従うことはなかった。いまここで命乞いをしたところで、助かるのはほんのわずかの間だろう。なにより、アルベールと引き離されるのは目に見えている。だから絶対に、リュカはオーギュストに従う気はなかった。  ほんの一瞬、「リュカ」とアルベールに呼ばれた。視線を向けると、アルベールがこの上なく優しい眼差しを向けてくれている。  共にあろう、と言葉にしていなくともわかる想いを汲み取ったリュカは、そっとアルベールの手を取った。そうして二人寄り添い、ただ硬く目をつぶりその瞬間を耐えようとしていた。

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