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3章(5)

「アルフレッド殿下が王位を継ぐのも秒読み」 会話の前後を丸々と無視した言葉が突然聞こえてきたが、走らせているペンが止まることはなかった。 技術は発達の途を辿っているというのに、未だ王族としての文書は手書きで完成させなければならないのが難点だった。 自らが書いた文字が並ぶ書面から視線を上げ、声の主人へと移すが視線は合わない。 全く変わらない、自分が鏡に写されたような姿の男が長い足を組みながら椅子に腰掛けている。 「いきなり何だ」 王宮執務室の中には夕日が差し込んでいた。 アルフレッドが尋ねれば、ようやく目の前の男と視線が交わった。少しも変化などない、紅柘榴のような瞳が自分を見返してくる。 「侍女たちが浮き立っていたからな。お前がついに番を見つけたと喜んでいた」 「子どもの結婚を喜ぶ親にでもなったつもりか」 「王位を継がせまいと、暗殺を企てられるより余程いい。身近にいる人間の牙の方が恐ろしいというもの…お前より番を殺す方が成功率が高いからな」 ペンを置く手が、一度だけ止まった。 玉座を得るための条件——番という枠組みも、あの子どもも、額の宝石も、アルフレッドの中では同じひとつの名で呼べるものだった。手にした以上、あとはその座が確かになるのを待てばいい。 「継承が認められれば、あの子どもは村に帰す」 「やはりあれがそうなのか」 形の良い唇が笑みを刻む。 笑っているのではなく、笑みの形を作る。それが、自分が作る動作と全く同じだった。 「見慣れない子どもがいたものだから、近づいたらアルフと呼ばれた」 「あれに見分けなどつかない」 「そうでもない。すぐにお前じゃないと動揺していた」 「俺たちを見分けられると?」 「最初こそ違えたが、すぐに気がついていた。相当勘が鋭いか、お前に惚れ込んでいるか」 たまたまだろうが、と組んだ足を一度解きながら言う。 その言葉を聞きながら、アルフレッドは少しの間だけ口を閉ざした。 現皇帝である父の血を分け合った兄弟は数多くいれど、母も同じくした存在はただ一人。 それが目の前にいる、生き写しとも言えるほど類似した姿の男だった。 同じ母から生まれた兄弟を持つ王族は、このアルドヘイムの王宮にほとんどいない。否、ほとんどという数すら足りない。 父王の子は百に届く。その中で王位継承の列に並べるのはアルファ性を持って生まれた者だけで、その性は生まれ落ちる偶然に委ねられてはいなかった。 アルドヘイムには、高確率でアルファを孕ませるための処置がある。 母体に施され、代を重ねるごとに精度を上げてきた技術は長く重宝されてきた。この国にとって、アルファの数こそが国力に直結していた。優秀な性を持つ人間を多く生み、国の力を強くさせ、今では大陸一の魔術・軍事大国として名を馳せることに成功している。だからアルドヘイムにおいてバース性の比率は諸外国と比較すると数値の差としてはっきりと違いが出る。 しかし、処置に耐えられる身体は、ひとつの命しか通すことが叶わない。 ゆえにこの王宮に母の姿は極端に少なかった。皇子や皇女の数だけ母がいるはずのものが、その大半は我が子の顔を見ることのないまま、ただアルファの王族を産み落とした母体という名前と数値だけが記録の中に残されている。 母の顔を記録で知っている子よりも、母というアルファを産み落とす肉体がどんな数値を叩き出したのか、それを知っている子の方が圧倒的に多い。 同じ母を持つ兄弟がいるということは、その母が処置を受けずに済んだということだ。オメガ性を持つ母体は、処置を施さなくてもアルファを孕む確率が圧倒的に高いのはどこの国でも共通の認識であり事実だ。 そしてそれは、産み落とした後も母として生きていられるということでもある。この王宮では、それは例外の側に数えられていた。 ウィルフレッド・フォン・アルドヘイム。 例外的に王位継承が与えられた双子の皇子、その片方が目の前の男だった。 特殊な王位継承条件を持つアルドヘイムで、それぞれがアルファ性を持って生まれた自分たちには両方に継承権が与えられている。 合わせ鏡のような容姿は双子の証だ。 生まれた時から全く同じでもあったが、自分たちは敢えて類似した仕草、表情、声色、行動、発言を獲得するように生きてきた。 全ては、天上の位を得るために。 自分たちでたったひとつ異なるものは、互いのその本心だけであった。 見分けることは誰一人としてできない、己が部下ですら。そうだというのに───。 「宝石は」 沈黙したアルフレッドを気に留めることをせず、ウィルフレッドは言葉を続けた。 「額にある。故郷にいた時は文化的慣習もあって、ヴェールで隠していても不自然ではなかった」 「額?宝石などあったか?」 ウィルフレッドが見たところ、装飾品は身につけていない印象を受けた。 アルフレッドと偽り接触した際には正体を見破られ接触を拒絶されたため長い間観察はできなかったものの、あの子どもは首飾り以外に身につけているものはなかった。 しかし、あの首飾りに使われた宝石には見覚えがある。離宮に長年保管されているものの一つだ。アルフレッドの言う宝石とはまた別のものだとすぐに考えが至る。 「身体に埋め込まれている…土台があるのかは分からないが」 「……宝石との融合型は初めてだな」 「肉体との結びつきが強い。ただオメガに宝石を操らせることは、今回の例ではなおのこと適応できない」 「その方法も、これまで何人も失敗してきた…オメガを廃人にして終わりだ」 歴代の王族の所業は数えきれない。 宝石を持つオメガを番にし、用が済めば捨て、あるいは廃人にしてきた。アルドヘイムの栄華は、その犠牲の上で成り立っているも同然だった。 しかし、今この場でアルドヘイムの歴史に思いを馳せても現状は変わらない。 慣習通りオメガを犠牲とし自らが皇帝となるを良しとするか、オメガを哀れむのなら自らが皇帝となり国を変えろ、ということである。 「…魔力を感じなかった」 ウィルフレッドが足の上で緩く手を組み、アルフレッドでも床でも何でもない空間に視線を向けながら怪訝そうに言葉を紡いだ。 アルフレッドには、ノアの額にある宝石が魔力を宿していることは分かっていた。だが同時に、ウィルフレッドの言葉が間違っていないこともすぐに分かった。アルフレッドも、そしてウィルフレッドも魔術師だからだ。 魔術師とは、外から得たエネルギーを自らの身体の中で魔力へ変換し、それを再び外界へ放つ能力を持つ者を指す。その工程こそが、魔術と呼ばれるものだった。素養がなければ魔術師にはなれず、なった後は訓練によって質が磨かれていく。当然ながら非魔術師にも、魔力は流れている。ただ変換して外に放つ才を持たないだけで、魔力そのものは全ての人間に固有のものとして宿っていた。フェロモンと同じだ。遺伝子同様に個体差があり、魔力もフェロモンも、全く同じ人間が二人といることはない。 そして、魔術師は互いの魔力を感知できる。非魔術師の魔力を読むのは、もっと容易い。魔術という遮る術を持たない者の魔力は、ただそこに晒されているからだ。魔術師であれば意図して遮断することもできるが、その精度もまた才に左右される。アルフレッドやウィルフレッドの探知を逃れられる魔力の持ち主など、ほとんどいない。とりわけウィルフレッドのそれは、群を抜いていた。 しかし、そのウィルフレッドの言う通り、ノアの魔力は読めなかった。 「見つけた時は確かにあった。だが今は、流れがない」 カルムーニュで会った日。フェロモンを立ち昇らせていたあの時には、確かに感じ取れたものだった。あの宝石の流れを読むことができた。 魔術師の中でも非凡と言われる、属性を持つ高位魔術師のアルフレッドが探れないはずがなかった。それでも今、探り当てられるのは、そこに何かが在るという手応えだけだ。その輪郭の内側は、どれだけ探っても一片も読めなかった。 「それで使えるのか」 「融合型など前例がないから宝石の能力なのか判断がつかん。だが使えなくても、項を噛めば所有権は俺に移る」 思考を切り替えるためにアルフレッドは淡々と事実を述べる。魔力探知不可の理由は今この場で答えの出せる問いではなかった。そして、それを問題として扱わなくても良い理由があった。 項を噛むと、肉体的に番関係となったアルファとオメガの魔力は完全に融合すると言われている。それは、宝石の有無関係なく、一般的なアルファとオメガ全てに適用する。だから、発情期が到来したオメガの項を噛めば、何があろうとも宝石の所有はアルファに移るのだ。 「宝石がオメガの身体を依代にしているのだとすれば、オメガの体内のエネルギーを利用して魔力を蓄えている可能性が高い」 アルフレッドが連れてきたカルムーニュ村の子ども──ノアは宝石を持っていた。 長年探し求めて、ようやく見つけた存在。 国の腐敗した部分を削ぎ落とすために皇帝とならなければならなかった、そのために必要な宝石を持つオメガ。 しかし、ノアの宝石はアルドヘイムの歴史には一度も確認されたことのない例外だった。 今まで連れて来られては番にされてきたオメガは皆、宝石を所持しているだけでありノアのように身体と融合はしていなかった。 魔術師でないノアは、エネルギーを置き換える能力を宝石が代わりに行っているのだと考えられた。食事でもエネルギーは得られる、そうしてノアが外から得たエネルギーを宝石が魔力へ変換し、自らの内に溜め込んでいるのだろう。ゆえに、ノアの肉体と宝石の結びつきは非常に強い。だからこそ容易には事を運べない可能性もあった。 「そうなれば、いざ俺が利用しようとしても拒絶反応が起きる。その前に、俺の魔力であれの身体を染めなければ使い物にならん」 宝石がノアの身体を使って魔力を蓄えているのであれば、その状態のままノア以外の人間が扱おうとすれば拒絶反応が起こるのは明白である。現時点では、宝石はノア以外では扱うことはできないということを表していた。 類似した状況を回避するために、これまでの王族はオメガに薬剤を投与、または魔術による洗脳をして自我を殺し宝石を扱わせてきた。 しかしそれは、オメガの死と直結している。数多の犠牲の大半は、そうした残酷な方法の結果であった。そしてそれらが成立したたった一つの条件…オメガの身体と宝石が分離しているという前提が、ノアには当てはまらなかった。 だから今やるべきことは決まっていた。 体液を交わせば、互いの魔力が混ざり合う。最終的に項を噛むという肉体的な番の契りも必要である以上、身体を繋げるのが最も効率的と言えた。 「流石は魔術師だ。オメガに使わせれば済むものを、自分の力にするか」 「お前も同じ魔術師だ。…そうでもしなければあの男に先手を取ることはできない。それに、ノアに魔術の才があるとは考えられない」 あの男、でほんの僅かに沈んだ声を指摘することはしないまま、ウィルフレッドは淡々と次のことを聞いた。 「順序は」 「陛下に認めさせるだけなら、書面と儀式さえ完遂すれば済む」 「そちらではない」 ウィルフレッドは言い直すことはせずに、組んだ足を解かないままにアルフレッドを見ていた。 アルドヘイムではしばしば「番」という単語が本来の意味合いと異なる運用をされることが多い。アルファがオメガの項を噛んで完成する「番」ではなく、王位継承における機構の枠組みとして「番」を使用する場面の方が馴染みが深いのだ。 「……発情期が来なければ、項は噛めん」 「来なければ」 「来る。会った時にフェロモンは出ていた…時期が読めないだけだ」 同じ言葉が、別の意味を持っていることは知っていた。知っていたが、分けるという前提がなかった。 父王の前で認めさせるものも、項に歯を立てて成すものも、この国では等しく「番」と呼ぶ。 片方は儀式と認知で認められ、もう片方はあの子どもの身体だけが決める。 アルフレッドはその二つを別の名で呼ぶ必要を、これまで一度も感じたことがない。どちらも玉座に至るまでの工程であり、最終的な着地点に変わりはなかった。それを冷徹と評する人間がいるであろうことは、よく知っていたが気には留めなかった。 「気の長い話だな」 「宝石は逃げない。待たされるのは俺ではない」 ペンを置く。乾ききらない文字の上を、夕陽が一筋ゆっくりと滑っていった。 何も知らない子ども。 あの日、アルフレッドと出会ったのを機にノアの人生は道が変化していっている。 哀れむことは容易だが、逃がしてあげることはできなかった。 歴代の皇帝のように、継承が認められた後ノアを捨てることは考えていない。本妻として隣に据えることもないが、名前も知らないような人間たちの玩具にはさせる気はない。 安全を確保した上で、元の生活に戻れるようには手配してやるつもりである。 皇帝となるために必要な犠牲。 ノアの心も身体も踏みにじることにはなるが、それよりも優先すべきことがアルフレッドにはある。そのために必要な最後の犠牲なのだ。 自らが皇帝になるためならどんなものも犠牲にできる。そうした考えはどんなに否定しようとも、過去や現在の他の王族と同じだ。 他とは違うのだと言い張ろうとも、アルフレッドも所詮は冷血であり同じ王族の血が流れているのだと自覚していた。 「ノア…か」 「ああ」 「何故あの子どもが宝石を持っていたんだ。それも融合など」 「経緯は分からない。両親と幼馴染みだけが宝石があることを知っていた。いつからノアが持っていたのか、正確な情報は分からないが…父親が、この子を助けてくれたものだと言っていた」 「宝石の詳細など容易には調べられん。が、よく十八年も見つからなかったものだ」 アルフレッドが眉根を寄せる。それは、アルフレッドが答えを出せない疑問として、ここ数日抱え続けていたものだった。 発情期が到来していなかったのは確かだ、今もそれがないのだから。しかし、フェロモンすら発していなかったということだった。少しでも漏れれば、村人ではなくても外から来た人間がそれに気づく機会が十八年の中で一度くらいあったはずだ。 フェロモンすらなく、オメガ性ゆえの性的欲求もなく、発情期もなかったのだから、十八歳になるまでオメガ性であることに自他共に気づかないのは当然だった。 しかし、アルフレッドがカルムーニュ村に入った時、確かにノアからはフェロモンが立っていた。だからあのヴェルメリオ軍人に目を付けられ襲われていたのだ。アルファ同士は競合であるため、互いの性など測らなくてもすぐにわかる。 「…俺が村に着いた時、ノアは誘拐されそうになっていた」 「忙しい子どもだな」 「軍服は着ていなかったが、ナイフの柄に紋様が刻まれていた…ヴェルメリオの軍人だ」 アルドヘイムの横に並ぶこともできない国の軍人が、ノアを組み敷いてその身を暴こうとしていた。 恐らく彼らはノアが宝石を持っていることは気づいていなかった。 田舎でちょうどよく見つけた子ども、それもフェロモンを発していたオメガを誘拐、権力者に売るという犯罪は珍しくない。あのまま強姦でもされれば必然的に宝石持ちであることは知られた。そうなればなおのこと目をつけられ興味本位で番にさせられていたかもしれない。宝石の持ち主をそんな手で奪われなかった、タイミングがもう少し悪ければ間に合わなかった。 「最近アルドヘイムと関わりがあったか?」 「個人単位の略奪の地域が広がっているのと、数が増えているのが気になる。だが末端の軍人なら俺の顔は知らない者もいる…偶然ノアが目に留まっただけなら放置しておくが、意図を知らされずに下の連中が動かされていただけの可能性ならあるはずだ」 「話程度ならアルドヘイムに続く継承争いも耳にはしているだろうからな。お前は国内外問わず敵が多いから可能性は捨て切れない」 「俺を引き摺り下ろそうとする人間の方が多いだろうからな」 短く笑う。 国外は当然のこと、国内にもアルフレッドの敵は少なくなかった。 番さえ得られれば次期皇帝として有力とされる者は既に名前が挙がっている…そのひとりにアルフレッドも入っているのだ、他の王族から見れば厄介極まりない存在であるのは間違いないだろう。 王宮、貴族院、軍務省には多くの派閥が存在する。アルフレッドが台頭することで、得をしない人間たちはあの手この手で阻んでくるものだ。その直接的な妨害こそ、王位継承の証である番を奪うことである。 ウィルフレッドはその言葉を否定することなく、机上に置かれたたった一枚の紙を眺めては呟いた。 カルディアでは目にすることも珍しい広大な農地を背に、質素な服に身を包み年相応の少年らしく微笑むノアが写真の中にある。 「ノア・エストレージャ。……ほぼ白紙だな」 ウィルフレッドが手にしたのはアルフレッドの部下の一人、事実上副官として動いているレティシアが早々に準備した資料である。カルムーニュ村で管理されているノアの個人データ。 ウィルフレッドの資料のめくり方、紙一枚を持つ指先の角度まで、自分と同じだった。その仕草を見ながら、アルフレッドは言葉を続けた。 「…何もない。そもそも、カルムーニュ村はバース性を知る者がいなかった」 「また酔狂な所から見つけてきたものだ。村人全員が知らないなど、今まで聞いたことがないぞ」 「だからこそやりやすかった。…小さな集落ほど、人間はデータとして蓄積されない」 「個人登録がされていなければ、連れてくるのも個人の話だからな」 「あの保護者には話をつけた、拐かしたと騒ぎ立てられることはない」 ウィルフレッドがアルフレッドを見た。 「お前に好意を持っているようだしな」 「──……」 ノアの瞳は、特徴的だった。 目と目が合った瞬間から、ノアは既に心を開いていたような、そんな瞳で見つめてきた。あの危機状況の中で救われたのだから、吊り橋効果のように一目惚れに似たような感覚に落ちる可能性もあるだろうが、それだけではなさそうである。 しかし、ノアの気持ちを尊重してやるほど、アルフレッドは深い関係になることは考えていなかった。 いずれは必ず手放す存在である。利用するだけ利用したらそこで終わる関係なのだ、ノアの心はアルフレッドが優先すべき事項ではない。ノアが自分に好意を抱くのなら都合はいい、宝石を扱うには少なからずオメガがアルファに愛情を抱かなければ成り立たないのだ。 「何をした?」 「特別なことはしていない」 「強姦した男に好意など持てるか?」 「そんなものなのだろう。抱かれて快感を得られればそれを愛情と捉える」 自覚がなかったとはいえオメガなのだから、アルファに抱かれて少なからず快感が生じるのは当然のことである。 そうした身体のつくりをしているのだから、どんなに拒もうともアルファとオメガの身体の相性が悪いはずない。ましてやまだ性に疎い、未成熟な子どもだ。 少しでも気持ち良くさせてやれば、あっという間に絆されるのは目に見えていた。 優しくして、偽りの愛を口にして抱きしめるだけで、ノアはその身体を許した。 羞恥心や無知からくる拒絶や抵抗はあったものの、些細なものであり、心の奥底では既に気を許していたのだ。 「都合はいい。身体に覚えさせれば後は早い…当分は、離宮に帰る」 「分かった。あちらが不安定だ…なるべくは留まるつもりだが」 「動くときに動け」 何を犠牲にしようと構わない。 血を分かつ唯一の存在とたった二人で今まで生きてきたのだ、誰から非難されようとも、天上を目指すためならどんな犠牲も厭わなかった。 それが、何の罪もない子どもが相手であろうとも。 アルフレッドはそれ以上は何も言わなかった。ウィルフレッドも、それ以上は何も聞かなかった。 窓の外は、いつの間にか茜色の残滓を雲の端に残し、去っていた。

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