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3章(7)

「ふ、双子…っ」 ノアはぎこちなく腕を突っ張りアルフレッドの身体を少し離して話題を切り出す。 「ん?」 「双子だって、初めて知った」 突然の抵抗に不満を表すことも動揺することもなく、アルフレッドはノアの言葉に耳を貸した。それでもまだ甘ったるいような雰囲気は残されていて、ノアは恥ずかしそうに目元を染めながらも気にかかっていたことを続ける。 アルフレッドの指はノアの背中に触れているままだ。ノアの両手は、アルフレッドの肘の関節あたりに指を添えていた。無理に距離を詰めず、彼はノアの言葉を聞いた。 ──昼間にノアに会いに来た人は、アルフレッドではなかった。 それは、今目の前のアルフレッドがさっき帰って来た瞬間から、確定していた。彼は昼間に帰って来たという前提を自ら崩していた。 アルフレッドと何もかもが、本当に全く同じだった。仕草ひとつまでも、全て。 アルフレッドではないのだと気づいた理由は分からなかった。たまたま、だったのかもしれない。次は気づかないのかもしれない。 それでも、ノアは聞いてみようと思った。 聞きたかった。伝聞ではなく、アルフレッドという人のことを知りたかったのだ。 「ウィルフレッドのことか」 すぐに出てきた。 アルフレッドは、昼間の出来事を隠すことも誤魔化すこともしなかった。あの人は、アルフレッドとしてノアに会いに来たというのに。 「ウィルフレッド…?」 「お前が会った男の名前だ。俺の双子の弟、アルドヘイムの皇子」 アルドヘイム第七皇子は二人いる。 自分に説明してくれた、侍女の横顔を思い出した。彼女にどんな理由があって、あの顔をしていたのかは分からない。でも、彼女は二人を大切に思っていることは感じ取れた。 ノアが考えている間にも、アルフレッドはそのままノアの項や背中へと指先を這わせて触れてきた。項を触れられても、怖くなかった。ただ、なぞられた肌が時間差で熱くなっていく。 「ウィルフレッド皇子、は…」 「あいつのことは皇子呼ばわりか」 「だって、皇子様だから…」 「俺も同じだが?」 アルフレッドの膝が、ノアの膝に微かに当たった。 「やっぱり、アルフのこともちゃんと呼ばないと…良くない、のかな」 「番に敬称をつけさせる男がどこにいる」 「アルフが言ってきたのにっ」 「お前が早とちりしただけだ。ウィルとでも呼んでやればいい」 アルフレッドの手が後頭部に添えられる。 真っ直ぐに見つめられ、ノアは息を呑んで何も言えなくなった。いつの間にかこんなに近い距離にいたのだと言葉にしないまま狼狽える。 「そうだな。…俺は近くに置く人間は自分で決めている。足を取られることはないと自負しているが、所詮は繋がりのない他人だ。状況次第ではどう転んでもおかしくはない、が…」 瞬きすら綺麗だと思った。繊細な睫毛の動きがノアの位置からよく見えた。 どこまでも美しくできている男だと、場違いに感動してしまう。 「ウィルフレッドは、最も信頼して良い」 「信頼…?」 「ああ」 思えば、アルフレッドの口から直接他者の話を聞くのは、初めてだったかもしれない。 彼の言葉を飲み込んだノアを見ながら、アルフレッドの指が丁寧に頬をなぞっていく。 赤みがかった紫色の瞳はいつにも増して真摯で、その言葉に偽りがないことをよく表していた。 後頭部に添えられていた手に力が入り、そのまま引き寄せられては羞恥を抱くことも驚いて抵抗することもできないまま至近距離にまで近づき吐息が触れる。熱を持った唇が触れ合うのを感じ、無意識に瞳を閉じてそれを受け入れた。 「ん……っ」 離れることは許すまいとした手に支えられ、触れ合うだけのキスをする。角度を変えながら唇を重ねられて心臓がどんどん鼓動を速めるのを自覚してしまい、全身が熱を持っていくのを感じた。 丁寧に唇に触れられて、指先で髪を弄ばれる。下唇を甘く食まれて熱っぽい吐息を漏らせば、アルフレッドが僅かに力を緩めて唇が離れていった。 「少しは慣れたか?」 「ぅ……わか、ん…ない…」 口づけの合間に唇が離れても、互いの吐息がすぐ肌を掠める距離だった。 「口を開けて」 「うぅ、ン…」 至近距離から見つめられながらそう言われて、ノアは拒絶することなくアルフレッドの言葉通り素直に唇に隙間を持たせる。すぐにまた唇が重なり合い、やんわりと噛まれてから舌が入り込んでくるのを感じて身を硬くした。 膝と膝は、もうくっついていた。ノアが少し後退りしようとするとその分を詰められる。 唇が解かれた隙に、ノアはどうにか言葉を探した。 「あの、僕……足が、まだ」 「大丈夫と言ったのはお前だろう」 「……っ」 部屋に入ってすぐに治ったか問われた時に、「大丈夫」と答えたのは間違いなくノア自身だった。 嘘をつくなと言われ、未だに痛いと認めさせられたのも自分だった。どちらを差し出したところで、既にこの人の手の中にある札だった。 問題はないかと最初に言われた言葉が、今になってようやく形を現してくる。 あの時は何も分からないままに、でも通り抜けさせて良いものか分からず、何の問題のことだろうと首を傾げただけだった。 問題がないとはこういうことだったのだ。今夜のことは、この部屋に入ってくるより前に、彼の中ではとうに決まっていたのだと今更気づいてしまった。 「明日も…朝、早い時間に行くんでしょ」 「明日の俺のことを案じているのか、お前は。随分と余裕じゃないか」 「そ、そうじゃなくて…っ」 アルフレッドの手のひらがノアの額を撫で上げた。 唇が重なり、角度を変えながらまだ浅い所で熱を渡される。ノアの後頭部を支えるように、でも、髪の中に指を差し入れゆっくりと撫でられるのを感じながら、ノアの指は彼の胸元の布を掴んでいた。離すためのものではなかった。 「ん、ん……ッ」 片手は後頭部を支えたまま、もう片方の手がノアの背骨をなぞるように、絶妙な力加減で触れていく。 上から下へ、ゆっくりと。人差し指の先がなぞる肌から、じわじわと熱が立ち昇っていくのに合わせて、ノアの呼吸はあからさまに乱れ始めていた。 それが腰まで下りた時、指でなぞるのをやめて今までで一番強く抱きしめられた。 「はあ……っ、ん、……アルフ…あつい…」 ノアの後頭部に添えられていた手が、手ではなく指先として動いた。 亜麻色の髪の中からそれを直接見ることをせずに、彼は簡単に探り当てて人差し指と親指だけを器用に使って緩め始める。 「あ……っ」 焦ることも、時間をとることもせずに引いて、結び目は形を失っていった。 布が擦れる音が小さく聞こえたと同時に、ノアの額が外へと晒される。服を脱がされるその動きの一つのように感じた。 その時に、ノアの頬が更に赤く染まり、恥ずかしそうに身を引こうとした動きをアルフレッドは見逃さず、腰に回していた腕の力を強められた。 「ふ…、んぁ……」 背中を抱かれながら口づけを深くされて、急速に熱が上がっていく。 舌先が微かに触れ合うのが分かっておずおずと差し出せば、すかさず絡められる。 迎え入れるのではなかった。自分から、差し出していた。 どうしてここまで許してしまうのか分からない。分からないのに、キスが気持ち良いのだと知っているから、もっとと欲しくなる気持ちが湧いてきてしまうのだ。 (だめ、なのに……) 熱くて気持ち良い。 唾液が混ざり合う濡れた音がして、全身から力が抜けていく。鼻から抜ける声ばかりが漏れてしまう。 「は……ふ、ぅん…っ」 アルフレッドに口づけをされると、堪らなくなる。 会って間もないのにキスをするなんて本当は良くないはずなのに、全然嫌な気持ちになれなくて、こうしてまた受け入れては溺れてしまうのだ。 「ノア」 「っ、あ……」 抗おうと思えば、恐らく抗えた。 アルフレッドの動きに性急さはなく、一つずつ正確に開錠していくものだった。 「嫌なら、言っていい」 ノアのの意思を確認するような、譲ってやるような声だった。 それなのに、アルフレッドの手はノアの返事を待たずに肌を撫でている。撫でられながらノアは吐息が漏れる唇を引き結んだ。嫌だと言う言葉を、ノアはこの時既に持っていなかった。そして、持っていないことを彼は知っているのだ。 途中で止める選択肢があったはずなのに、ノアはそれを選ばなかった。 熱い手のひらでノアの背を支えながら、アルフレッドはノアの上にゆっくりと覆いかぶさってきた。 背中が真っ白で上質な白布に沈み、その上にノアの亜麻色の髪が散らばる。 柔らかい亜麻色の一房をアルフレッドの指が悪戯に摘まんだ。その間もアルフレッドはノアから視線を外さなかった。 「───いいな?」 問いの形をしている言葉なのに、答えを必要としていないものだった。ノアは、首を横に振らなかった。 顔のすぐ横にアルフレッドの手がつき、片手がノアの頬に触れ、そこから輪郭をなぞり、首筋から鎖骨、胸元へと辿っていく。指が触れていく部分に、淡い火が灯されるのを感じた。 ノアの視界も意識も、天蓋の布と覆い被さってくる男の輪郭へと変わっていっていた。

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