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5章(5)
約束通り、アルフレッドはノアの待つ寝室にやって来た。
本当に久し振りに見る姿に、どこか感慨深いものすらある。
疲れているのは十分に分かったが、意識して見てもやはりアルフレッドに目立った変化は見られなかった。普段身に纏っている正装に比べれば幾分かラフな姿ではあるものの、所作が美しいせいかあまり私的さを感じさせない。何人かの使用人が運んできた、綺麗に磨かれた幾つかの器の中を眺めてから、アルフレッドは呟いた。
「初めて見る器だな、相変わらず目利きができる」
何をそんなに熱心に見つめているのだろうかと気になったものの、ノアは自分のためにと用意された椅子に腰掛け、所在なさそうに足をぱたぱたと動かしていた。
何から話そうかと考える。
体調は大丈夫か。でも、自分に本当のことを返してくれるかは分からない。
どこに行っていたのか。それも、多分自分に話せる内容はなさそうだ。
こうして考えてみると、自分とアルフレッドの間にある差があまりにも大きい。年齢も身分もはっきりとした違いがある。普通の会話すらちゃんと成り立つのかと、今更不安になってきた。
そんな時、アルフレッドに突然声をかけられた。
「───レティシアに何か言われたか?」
「え…?」
「アレンはお前と今日が初対面だったし、シエルはそんな気遣いができる奴ではないからな」
図星を突かれたことが分かり、シエルについてさらりと酷いことを言ったことには気付かなかった。
今日、レティシアに頼まれた一件を指しているのだろう。アルフレッドに知られてもいいことなのだろうかと一瞬考えるものの、ノアに答えを見出せるはずがなかった。知られたら、レティシアは困るだろうか、怒るだろうか…分からなくて、ノアは返事ができない。
「お前がわざわざ降りてくるなど…。人前で触れてもろくに抵抗しないから、また体調を崩したのかと思ったぞ」
「体調は、全然大丈夫…足も治った」
「そうだろうな」
全てお見通しだと言わんばかりに言葉を並べられて、単純な答えしか口にできない。体調の話など、本来なら今のこの場では不要な情報である。
正しい対応が分からなくて、アルフレッドの注意を、話題を逸らそうと思うものの、どうすればうまくいくのかなど分かるはずもなく、ノアは口を閉ざしてしまった。
「俺を帰らせろと言われたのだろう?」
「う……ん…」
まさしくその通りである。
誤魔化せなくて、誤魔化す理由もないのではないかと思い始めて、ノアは口ごもりながらも頷いた。
アルフレッドの機嫌は悪くなかった。
事実を認めたところで、レティシアが何か言われることもないだろう。彼女は心からアルフレッドの体調を気遣い、心配していたのだ。離宮に戻るに至った経緯は不明であるものの、アルフレッドが気分を損ねる理由はひとつもないはずである。まるで尋問のように次々に問い質されるものだから、悪いことをしてしまったかと一瞬思ったものの、アルフレッドの様子を見て、そんなことはないと言い聞かせることができた。
「レティシアの言葉はあまり気にしなくて良い。あれは俺の利益を第一に考え動く…、お前が望んだわけではないと分かっているさ」
ずばりと言い当てられる。側近として…副官の立ち位置として動く彼女が、アルフレッドを一番に考え、利益を得られるよう働きかけるのは当然のことだった。
しかし、まるでノアは心配をしていないだろうと言われているようで、何だか悲しかった。
レティシアから話を聞いて、心配していたのに。疲れているのなら、ゆっくり休んでほしいと思ったのに。だからレティシアに頼まれて勇気を振り絞って出迎えまでしたというのに。
太腿の上に置いた手にぎゅ、と力を込めて握り、視線を床に落としたまま呟いた。
「でも、」
「ん?」
アルフレッドが振り返る。しかし、気づかないノアは目線を合わせることをしなかった。
ノアが何も感じていないと思っているのだろうか。
そんなはずは、なかった。
「流石に…あの、寂し、かった……」
「────」
ほろりと、こぼれ落ちるように口から言葉が漏れ出ていた。言葉を探すことも選ぶこともなかった。
ただ感じたことを、そのまま口にしていたことに気がついたのは、数秒遅れてからである。羞恥心が後からやってきて、ノア慌てて言葉を取り消そうとする。
「す、少し、ちょっとだけ…っ」
「愛い子どもだな」
必死なノアの様子を見たアルフレッドが目元を緩め、優しく笑うと胸の内が騒がしくなる。その微笑には弱かった。穏やかな表情が良いと思った。険しい顔をして、何か真剣な話をしている時よりも余程良い。
ノアの言葉が嘲笑われることも、揶揄われることもなくて安心する。恥ずかしさは未だ残っているものの、ゆっくりと息を吐き出して落ち着きを取り戻すように努めてから、アルフレッドへと視線を移した。
「あの、身体…」
「ん、どうした」
「体調…大丈夫、なの……?」
伺うように見上げれば、ちょうどアルフレッドが何かを摘み、口に入れるのが見えた。
「問題ない。人より、そう簡単に壊れない造りをしているからな」
「……?」
言葉の意味がいまいち理解しきれなかった。丈夫、と言いたかったのだろうか。
難しい言い回しや、形式ばった言葉遣いをすることはあるものの、言い換え方が独特なのは初めて聞いたものだから、思わずノアは小首を傾げてしまった
そんな様子を見ていたアルフレッドは、また笑い…今度は、あまり明るくない笑みだった。説明をせずに、違う言葉を続ける。
「お前が心配してくれて、嬉しいと言ったんだよ」
「う、うそ……もう…」
「久し振りにお前に会えて安心した。何もなくて良かった」
「うん…」
無事を喜ばれたのは、きっと本当だと感じ取れた。
アルフレッドに聞きたいことも、話したいこともたくさんある。いくら本人が体調が良いと言っていても、ノアが主体になって話すことは少し気が引けて、彼が次に何を話し出すのかを待った。
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