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6章(6)
その時、シエルが動きを止めたのは本当に偶然だった。思い出したように付け足す。
「そういやお前、また厩に入り浸ってたんだって?」
「うん。今日、新しい仔馬が来てたよ」
ノアの声がほんの少しだけ弾むのが聴き取れた。
庭園で草花の世話をするようになってからは、厩。土で手を汚し、太陽の下で一日の半分を過ごす。あまりにも模範的な生活だと感心したものだが、カルムーニュで育ったノアにとってはそれが当たり前なのだろう。残念ながら、ヴァイセンブルグで育ったシエルには自分で花を植えたことも、動物の世話をしたこともない。ただ、馬は乗りこなす必要があるので、イグニス離宮の厩にはしょっちゅうシエルも出入りしている。あの厩番とも、最低限度ではあるが言葉を交わすし、互いに顔も把握している。
「あの爺さん、お前が来ると仕事の手ぇ止めるらしいぞ。他の連中には近寄らせもしねぇのに」
「……邪魔かな」
「そう思う奴は、そもそも止めねぇんだよ」
ノアは、少し困ったように笑った。自分が誰かに構われていることを、この子どもはあまり良く考えることができないらしい。
そんなことを言っていては、離宮にいる使用人の大半が対象になるのだが。
ノアの衣服を直すために動いた際に、ノアを映す鏡とシエルの視線の間に侍女の身体が入ったことで、自然と視線の結びがなくなったシエルはそのまま廊下へと向かった。
部屋の中よりも一段光の入らない廊下の端にまで歩み寄れば、すぐにその口が動いた。
「ノアは、南の庭園に置く。叙勲が終わるまで、建物の中には入れるな」
アルフレッドは理由を言わず、シエルも訊かなかった。
シエルの中ではこの順序で命令を受ける癖がついており、疑問を持たないわけではない。それを理解している主君は、腕を組んだまま話を続けた。
「護衛はレティシアひとりだ」
「一人、…っすか」
「列を作れば、そこに俺の何かがあると教えて回るようなものだ。だからレティシアには軍服を脱いでもらう」
それから、アルフレッドは声をさらに潜めた。
「今夜は儀典規程で、通信機器の類が式典域に入らん。人による伝令だけだ」
「……面倒くせぇな」
双璧の儀は国儀の一つである。
国儀の最中、式典域への軍用通信機器の持ち込みや使用は儀典規程で禁じられる。儀の最中に外部指揮系統が式典域へ介入することを避けるためとされているが、建前である。そのため、連絡手段は近衛管制下の伝令に限られるのだ。
「合流点は南西の連絡通路…レティシアがノアを連れて出てくる。お前はそこで合流次第、ノアを離宮に戻せ。──通信が使えない以上、決めた道の他は動くな」
「了解」
聞くだけでは軽い返事のような声だったが、それに反して期待通りに、期待以上に動く男であることをアルフレッドは知っている。
腕の先まで袖を整え、襟まで詰めたシエルの格好をもう一度目に留めてから、アルフレッドはシエルの返事に頷いた。
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