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6章(7)
侍女たちが手間暇かけて支度を整えてくれた衣装に身を包んだノアが離宮の玄関を出ると、東に位置する馬車寄せは既に灯りが入れられていた。
薄暗くなってきた外の階段を降りる時に、アルフレッドが手を取ってくれたおかげで、慣れない儀礼服でも裾を巻き込んで転ばずに足を運ぶことができた。
そのままノアが先を歩いて馬車寄せまで行けば、二頭立ての車の脇で、厩番──マルコが轡を取っていた。いつも見るあの手つきで馬の首筋を撫でながら、低い声で何かを話しかけている。低い声の方が、動物は安心できるのだ。ノアの声はまだ動物を鎮めるような重みはない。マルコは、ノアが出てきたのに気づいてすぐに手を止め、深く腰を折った。
「ノア様」
「今日乗せてくれるの、この子?」
「はい。左の方は、ノア様がお声をかけると耳を動かします」
マルコの言葉がなんだか面白くてノアが少しだけ笑った。
本当にその通りだった。鈴を鳴らすようなノアの笑い声一つで、左側にいる馬の細長い円錐型の耳がぴくぴくと動いた。
それに対してもまた喜びをこぼすようにノアが笑えば、また耳が動く。その一人と一頭の姿を見ては、マルコの目尻が下がる。しかし、その顔がすぐに引き締まった。主人が姿を現したからだ。
アルフレッドは車の扉の前で足を止め、御者の方を見ないまま一言告げた。
「出せ」
「かしこまりました。アルフレッド殿下、お戻りは正門から回りましょうか」
マルコに言われて、アルフレッドは初めてその視界に彼を映した。
赤紫色の瞳の動きに少しも動じることなく、マルコは丁寧に言葉を続ける。
「西の裏門でしたら灯りを増やしておきます…と申しますのは、夜半を回りますとあの辺りは暗くなりますので。儀礼服をお召しになったノア様は、まだ足元に慣れておられないかと」
「任せる。ノアが浮かれて転ばなければそれでいい」
「転ばないよ」
小さく唇を尖らせながら抗議するノアにアルフレッドは返事をせず、マルコが口元で笑みを浮かべながら「かしこまりました」とだけ返していた。ノアは馬車に乗せてもらう身として、挨拶代わりに中に上がる前にマルコに軽く一礼をして、その手をほんの軽く握った。
轡を握った手の甲が、灯りの下で白かった。
そして、血の気の引いた冷たさである。
触れた手はすぐに離れた。年寄りの手は冷えるものだと、村でもよくみんな話していた。まだ気温もそんなに高い時期ではないからか、この時間帯は特に冷えやすいだろう。大丈夫か聞こうとした時に、馬が前脚で石を掻いたため、マルコの手が宥めるように首筋を撫でた。いつも通りの動きだった。
アルフレッドの手が差し出される。自分のものよりもずっと大きいその手を取ればすぐに握られて、ノアの動きに合わせるように身体を引かれた。先ほど触れたマルコの冷たい手とはまるで真逆の、革の手袋越しでも感じ取れるアルフレッドの手の温度に、少しだけ鼓動が跳ねる。
それを誤魔化すように車に乗り込んだ。
外から丁寧な動きで扉が閉まり、閉まる音も最低限の大きさだった。狭いわけでもないのに、アルフレッドの隣に座る時に膝を当ててしまい、ノアは慌てて謝った。アルフレッドは小さく笑うだけで、それがまたノアの羞恥心を煽った。
そのすぐ後、ノアがしっかり腰を落ち着けるのを確認したのか、御者台へ上がるマルコの背中が窓の縁を横切っていった。
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