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6章(12)
謁見の間は、シャンデリアの光が均一に落ちた煌びやかな夜に包まれていた。
この日の勲章授与式は、普段よりも人が多かった。
正面の祭壇上に皇帝が座り、その両脇に王族が控えている。壁沿いに貴族が並び、周囲に並ぶように軍務省の高官たちが背を伸ばして立っていた。
最上位に分類される儀であれば、王位継承十位以内の王族には決められた席次があり、皇帝に近い側を一位から数える。今宵の叙勲式のような盛典では、あるべき範囲は定められているが、細部までの席次は指定されていなかった。
煌びやかな灯りの下では、別の温度が流れている。
叙勲式の後に、第七皇子が番候補を皇帝の前に連れ宣言する──双璧の儀が、この同じ夜に行われるのだ。
その一事が、この場に集まった者たち、そして広間で宴を楽しんでいる者たちの心中を激しく波立たせていた。
誰も身動ぎせず、皇帝の声と自他含めた呼吸の音だけを聞いている。
「北域国境山中の魔獣掃討、三週である」
この国の皇帝である男の声が高い天井に反響し、謁見の間に集った者たちのさざなみ立つ胸の中にまで響いてくる。
第二皇子シュヴァルツは、壁際に真っすぐ立ちながら父王の言葉を聞いていた。
彼が立つのは最も見えやすい位置ではなく、最も観察しやすい位置である。この王宮で動くようになってから、その位置の取り方はずっと変わらなかった。
そしてその視線の先にある祭壇の前で跪くのは、異母弟であるアルフレッドひとりだった。
騎士は同道しないのが通例であり、彼の騎士は後方の軍籍を持つ者たちの中に立っている。
任務時よりも装飾を増やした軍礼服を纏うアルフレッドの姿勢と所作には、無駄が一つもなかった。膝をつく角度、首を垂れる深さ、瞬きの回数、そして視線の固定のしかた。武勲を上げた皇子として、跪いているが頭を深く垂れすぎない。
全て計算しつくしているようで、計算している素振りがない。幼少期からの身体に染み込んだものとして、彼の洗練された皇子の形を作り上げていた。
その弟の姿には、特に観察すべきものはなかった。何も変化がない、通常通りの姿である。
先ほどの広間で、形式としての兄の優しさを、形式としての弟の温度で言葉を完璧に受け取った時と何ら変わりはない。
シュヴァルツは、そのままあからさまに視線を動かすことをせずに、周囲の人間の顔と立ち姿を順に見始める。
順番は決められている。皇帝の口から出る言葉が次は何なのか、予測がつくのである。その言葉にどの層がどんな反応をするのか予測ができるため、それに沿って見ていけばいい。
皇帝が口を開いた時、第三皇子バルトロメウスは父王の顔を見た。叙勲式の手順が正しく踏まれているかどうかを、無意識に確認する彼の特性である。傍らに控える記録官の手元へ視線を移す。記録官の筆は彼の予想通りの速度で進んでおり、一度だけ頷いて満足げに瞳を閉じた。近くに第一皇子エグバートの姿があるが、彼に関しては観察の必要性がない。二人とも平常通りである。
「討った魔獣の数は、軍務省からあがっている報告の通りとしておこう。余が読み上げたところで、この場の何人が正しく意味を解するかわからん」
貴族の側から低い笑いが起こった。
第四皇女ヴィレリアは、腕を組んで正面を見ていた。笑いに耳を傾ける様子はない。大きく波打つ腰ほどの長さの濃い牡丹色の髪は、この灯りの中でもよく目立つ。幾筋かが肩から胸に垂れているがそれを乱れとは感じさせない。
彼女の身体は、武人として最も自然な体勢をいつもとっている。儀典用の腰の剣の鞘が礼装の裾から覗いている通り、彼女は跪いている弟を武人として真っすぐに見つめていた。その視線の質も、特筆すべきものはない。
皇帝は、貴族の笑いが止まるのを待たずに言葉を続けていく。
「先行した哨戒の四名は、そなたが戦地入りする前に失われておる。掃討開始後の損耗はない。付近の村落の焼失なし……そなたの炎が、我がアルドヘイムの剣として正しく振るわれた結果である」
その時、顔を上げたのは、王位継承順位を授かった王族の中で最も若い、二十三歳になる第八皇子ユリウスだった。
ユリウスは、アルフレッドの炎まじゅつの話が出た瞬間に、表情を僅かに変えていた。穏やかな体裁は装うことができているものの、組んだ手の指先だけが僅かに力んでいる。この皇子は、アルフレッドと同じ魔術師であるが、属性を持たない魔術師だった。自分とアルフレッドの出力の差を、才能の違いとして何年も追い続けている、そんな目をこの夜の背中にも向けている。いつも通りのことであった。
「汚染された魔石は、そなたの手で残らず回収され、王宮の保管庫に納められておる」
汚染魔石──その言葉に、外には一切出ない反応をした王族が二人。
第五皇子ゲオルグと第六皇子カシアンである。シュヴァルツの目でなければ捉えられないごく僅かな変化だった。
ゲオルグは自然と顎を引いて腕を組んだ姿勢のまま、視線だけを祭壇とアルフレッドの間で一往復させた。皇帝の言葉を情報として自分の中に記録した動きである。
カシアンはただ前を見ているだけだった。その瞳の温度は他者に測らせないというよりも、測られようが放置するものである。自らが作り出した研究でこの継承順位を維持しているこの男の論理こそ、アルドヘイムの土台を作り上げていた。
この二人も変わりはない。
「それと、四名の亡骸は、魔石よりも先にそなたが運び出したそうだな」
第九皇子ジークフリートが眉根を寄せた。隠す術を持たない、剥き出しのままの表情である。彼の変化は最初からずっと続いているので、どこかの言葉を選んでみる必要性がそもそもなかった。
皇帝がアルフレッドの武勲について一つ口にする度に額の筋が一筋浮く。過去に二度、アルフレッドを理由に継承順位を押し下げられた男の根底で淀んでいる執着が、その顔に滲んでいた。八年前から同じである。
「──見事な武勲だ、アルフレッド」
シュヴァルツが見ていて、どれも変わりのない反応だった。
否、ひとつだけ毛色の違う視線はある。
第十皇子ルシアン。
王宮から最も遠い丘の上にある霧の名を冠する離宮を持つ皇子である。
この場で唯一、叙勲の正確な価値も、権力の綱引きにも、軍と王宮の力の天秤にも関心を示さない男。ルシアンの瞳はただ、正確な姿勢で跪くアルフレッドだけを見ていた。叙勲される第七皇子ではない。ただ、その顔と身体を見ているのだ。
黒い立襟に隠された項の線、光を跳ね返す睫毛、力むことなく閉ざされた形の良い唇。
完璧に閉じて、何に触れても格を落とさない男。その閉じた身体を強引に開く、それだけを渇望した、粘つく視線だった。そのルシアンの唇の端が、僅かに上がるのが見える。恐らくは、美しく完璧な対称性を持つもう一人がいないことを惜しむ表情だった。
シュヴァルツはその視線も把握していた。
アルフレッドが十八歳で第七位を授かったその時、この男も十位を授かった。その時から、ルシアンの渇望が増していることも知っていた。ゆえに、彼の観察は今日のシュヴァルツにとっても不要だった。
皇帝が控えていた側近から勲章を両手で受け取り、跪く皇子の僅かに斜め前の位置へと立った。
胸の高さにまで上げられたブローチが光を反射する。
片手で軍礼服に包まれたアルフレッドの肩に軽く触れ、その勲章を胸元へと留めた。アルフレッドの右手が胸元に添えられ、武人の礼を示す。皇帝が軽く一歩下がったところで、完璧な間でアルフレッドは立ち上がり、深い礼を一度だけ行った。
「ここに勲章を授けた」
授与の瞬間だけ首を垂れていた人の波が、僅かな時間差で形を整えていく中、視界の端で、ひとつだけ別の動きをする者がいた。
第十三皇子のアシュレイだった。
第十位より下の王位継承者であるその男は、壁際の中でもさらに後方に位置している。
動けば目立つし、目立てば疑われる。それを知っている人間なら緊急事態以外はまずは動かない。この式に参列する全員に共通した認識であるが、アシュレイは動いた。
給仕に何かを渡したわけでも受け取ったわけでも、恐らくは会話すらもしていなかったものの、ただ一瞬だけ視線を交わしていた。給仕は会場の端へと消えていき、それを見届けることなくアシュレイは元の位置に戻っていく。
所要時間は十秒にも満たなかっただろう。そのせいか、近くの貴族たちは誰も気づいた様子はなく、この儀式に集中…否、心底気になる番候補の姿を見たいという好奇心を隠すために、集中した振りをしている。
シュヴァルツは首を動かさないまま、視線だけをアルフレッドの背中へ移した。相変わらず、美しい背筋のままである。
アシュレイの動きも、アルフレッドがそれを感じ取っていることも、シュヴァルツの予測の範囲内だった。
範囲内でも興味は別のところに湧く。どのような方法でアルフレッドが応えるのか……それだけが、この夜のシュヴァルツの関心事と言えた。
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