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過去01

「……行ってみませんか。パリ」  淳さんが色々なレースを見つけて来てくれるのに、自信を持って”これだ!”と言えない僕に淳さんが言った言葉だ。淳さんが言った通り、パリのモンマルトルには様々な服飾資材店があり、中にはレース専門店があることも知っている。でも、パリのモンマルトル周辺は湊斗くんとの思い出がある。  パリコレに合わせてパリに行っていた僕に、数日遅れでコーヒーを飲みに来た湊斗くん。ホテルは僕がパリでいつも泊まっているモンマルトルのホテルだ。ホテルはどこにするか決めていないという湊斗くんに、いつも泊まっているホテルを紹介したのも僕だ。  ホテル周辺のカフェは1人で行ったこともあるけど、湊斗くんとも行った。コーヒーの美味しいカフェ。スイーツの充実したカフェ。軽食も充実したカフェ。楽しげなカフェもあれば静かな、1人の時間をゆっくり楽しめるカフェもあった。それまではカフェというのはコーヒーを飲むだけの場所だったけれど、そのとき初めてカフェと言っても色々あるんだなと思った。  パリで湊斗くんと過ごしたのは朝夕のカフェだけで、昼間はべったりしていたわけじゃない。それでも、見知った街の顔に湊斗くんという存在がもたらしたものはすごかった。そんな街に行けるんだろうか。日本で湊斗くんのお店にコーヒーを飲みに行くこともできない僕が、湊斗くんとの思い出のあるパリに行けるんだろうか。もちろん、遊びに行くわけじゃない。今作っているドレスに使うレースを探しに行くだけだ。スランプに陥っている僕がスランプを脱出したくて作っているドレス。ドレスを作れたからってデザインができるようになるわけじゃない。それでも、なにもしないでいるよりもスランプ脱出に近いのではないかと思って作っている。そのドレスを作ることさえ大変だけど。  パリに行くことは怖い。それでも淳さんが言うように日本国内でアンティーク調のレースを探すよりも本物のアンティークの溢れたパリで探した方が見つかる可能性が高いのはよくわかる。 「なにか思い出すと辛い思い出がありますか?」  その言葉を発した淳さんは、答えに躊躇してしまう僕にきっと湊斗くんとの思い出があることを悟っただろう。スランプに陥る原因になった湊斗くんへの失恋。湊斗くんへ想いを告げてからほんとに失恋するまで1年。でも、湊斗くんのことは告白する前から好きだった。真剣に好きだったから、湊斗くんがずっと待っていた彼の腕の中で泣いているのを見て、もう無理だと悟ったときは辛かった。お試しだなんて言って付き合い始めて、それでも湊斗くんの気持ちは欠片ほども手に入らなかったんだ。それもそうかもしれない。7年も連絡もない彼を待ち続けたくらいだ。ほんとに好きだったんだろう。そうしたら好きになって3年程度の僕では欠片も手に入らなかったのも当然かもしれない。湊斗くんの気持ちのほんの欠片も手に入れられなかった僕。それでも湊斗くんを好きだったのはほんとだったんだ。真剣に好きだった。そんな湊斗くんとの思い出のあるパリに行けるんだろうか。 「パリは、思い出があるから……。だから行くのはちょっと辛い。パリコレにも行けてないんです」  ドレスを作りたい)と言いながら、資材を求めに行くことが辛いだなんて中途半端な奴だろうか。ドレスを作りたいという気持ちはその程度のものなのか。そう思われるかもしれない。それでも、パリへ行くことは怖いんだ。  定宿から一番近かったカフェには2人で何回行っただろう。ほんの数日なのに何回も足を運んだ。朝食のあとの1杯を。1日を過ごしたあとの疲れた体を癒すのに1杯。夕食後の1杯を。カフェにコーヒーを飲みに行った湊斗くんと一緒に僕もまるでコーヒーを飲みに行ったかのように色んなカフェに回った。ほんの数日のことだったけど、日本では過ごせない濃厚な数日だった。 「……大事な思い出があるんですね」  そう返してきた淳さんの声は優しかった。そこに僕を馬鹿にしたり、パリへ行くことが怖いという僕を軽蔑する匂いも感じられなかった。 「……今までのレース全部、もう一度見させて貰えますか?」  パリへ行くのは怖い。それならもう一度レースを見返したら、もしかしたらこれだ!というレースに出会えるかもしれないなんて後ろ向きなことを考える。淳さんにしたらふざけてると思うだろうか。それでも、もう一度ダメ元で見てみたいと思った。 「わかりました」  淳さんは了承の言葉だけで、今までのレース全てを出してくれた。一気に出されたレースに、こんなに見たのかとちょっとびっくりする。これだけ見たのに全部ダメだったのか? ほんとに? でも、もう一度見返すことでなにかが見つかる気がした。だから、持ってきた写真とデッサン画を横に置きながらもう1度1枚1枚見ていった。それでも自信を持ってこれだ! と言えるものは見つからなかった。こんなにたくさんあるのに。なのになんで見つからない? それがわからなくて、焦る気持ちだけが膨らんでいった。

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