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過去01

「やっぱり見つかりませんか?」    そう淳さんに訊かれて小さく頷く。このレースの中には僕のために淳さんが集めてくれたものがたくさんある。淳さんは僕がドレスを作るのを応援してくれて探してくれているんだ。なのに僕は見つけられない。僕の感性がおかしくなってしまったんだろうか。そうとまで思ってしまう。そう思うと情けなさと焦りで涙が出そうになる。でも、淳さんの前で泣くわけにもいかずに、俯くしかできない。そうしていると淳さんが言った。 「もしかしたらレースだけじゃないのかもしれませんね」 「え?」  その言葉に顔をあげた。どういうことだろう。 「足りないものです。以前、”初心に戻るためのドレス”って言ってましたよね」  そう。僕はそう言った。だから頷く。 「だったら材料だけじゃ完成しないのかな、って思ったんです」  そうかもしれない。材料だけ集めて作れるのならば、きっともう作り終わっているのかもしれない。でも、だからと言ってなにが足りないのかがわからない。 「1度、外に出てみませんか?」 「外へ、出る?」  思わず訊き返すと淳さんは笑顔で僕に言う。 「買付けです」 「……買付け?」 「そうです。吉澤さんのドレスの材料もですけど、それ以外にもドレスを作りたい人がいるかもしれない。そんな人たちが使えるような材料です。もちろん普通の生地も仕入れますよ。フランスは普通のレースはもちろん、レース生地もいいのがあるんです。レース専門店は圧巻ですよ。行ったことありますか?」  パリ・モンマルトルにある資材専門店。色々なお店があるのは知っている。もちろんレース専門店があるのも知っていた。でも、レース専門店は外から見るだけで中に入ったことはなかった。普段僕がデザインする服にレースは使わないから。 「お店の存在は知ってるけど、中には入ったことはないです」 「なら、行ってみませんか? 行くのが辛いというのは聞きました。でも、ここまで出来てるドレス、完成させましょうよ。それもただ完成させるんじゃなくて、今までの吉澤さんよりも数段上に行きましょう。スランプだと言っていたけど、スランプになる前と同じ場所に復帰するんじゃなくて、それ以上になって復帰しましょう。スランプを抜けた吉澤さんの服、僕に見せてください。見たいです」  スランプに陥る前よりも上の自分……。そんなふうになれるだろうか?  「パリ、か……」  湊斗くんと行ったのはカフェだけじゃない。食事に行くと言って街も一緒に歩いた。それこそモンマルトルの街並みには湊斗くんとの思い出が濃く残っている。そんな場所に今の僕は行けるんだろうか。これが、パリでも他のところなら行ける。オペラ座、セーヌ川、エッフェル塔……。そしてパリコレの会場。なのに、淳さんが行こうと言っているのは湊斗くんとの思い出のあるモンマルトルなのだ。そんなの辛すぎる。でも、辛いとだけ言っていていいんだろうか。それだけではスランプから脱出できないんじゃないだろうか。  今の僕は湊斗くんのお店に行けていない。湊斗くんの笑顔を見たいけれど、その笑顔を作っているのはあの彼だと知っているから辛い。だから行かれない。でも、もしモンマルトルに行けたら。そうしたら湊斗くんのお店にももしかしたら行かれるかもしれない。それにパリには遊びに行くんじゃない。レースを探しに行くんだ。まだ見ぬ、あのドレスにあうレースを探しに。それでも怖さは変わらない。 「前に失恋したって言いましたよね。その人とモンマルトル界隈を歩いたんです。一緒に行ったわけじゃないけど、僕がパリコレを見にパリへ行っていたときに後からその人がコーヒーを飲みにパリへ来たんです。だからモンマルトル界隈のカフェは全て入ったんです。ほんとにモンマルトルにはその人との思い出が多い。だから怖いんです」  そんな僕の独り言に淳さんはなにも言わずに聞いていた。情けない奴と思っただろうか。その人との思い出があるから怖いとか。そうしたら今、僕が住んでいる辺りだって湊斗くんとの思い出はある。だけど僕は今も住んでる。もちろん、湊斗くんのお店に行かれないというのはあるけれど。そうしたらモンマルトルの街も歩けるんだろうか? でも、試すためにパリに行くには遠すぎる。僕がそう考えていると、淳さんはゆっくりと口を開いた。 「無理に行く必要はないと思います」  想像のつかなかった言葉に驚いた。だっててっきり「行かなきゃダメです」って言われると思っていたから。 「怖いのなら徹底的に避けるのも手のひとつです。でも、もし行くのなら思い出をなぞるためにじゃなくて仕事をしに行きませんか? その人と服飾資材のお店は見て回りましたか?」  その問いに僕は首を振った。湊斗くんとの思い出があるのは街並みとカフェだ。そして何店かのレストラン。服飾資材のお店は僕1人で行っている。 「それならお店はセーフですよね」  淳さんがそう言って笑った。

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