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パリ04
蚤の市からモンマルトルへ戻ったのは、もう夕方になっていて寒さも厳しくなってきた時間だった。淳さんは日本に送って貰うということで買ったものを特に持っていなかったけれど、僕がレースを持って帰るというので、半分持って貰っていた。
そのレースは店主の話しによると100年ほど前のレースだという。ほんとのアンティークだ。確かに少し色褪せている気がするし、補修の跡も見える。それでも、僕にはこのレースしかあり得ないと思ったんだ。アンティーク調のレースを探していたけれど、まさかほんとのアンティークになるとは思わなかった。でも、これでは淳さんが日本で色々取り寄せてくれていても見つからなかったはずだ。そして、淳さんがパリに誘ってくれなかったら、このレースとも出会えなかったかもしれない。そうしたらドレス作りは頓挫してしまったかもしれない。でも、このレースと出会えたから、日本に帰国すればすぐにレースをつけていける。
「ホテルに戻る前に温かいコーヒーでも飲んでいきませんか?」
そう誘われたのはホテルまでもう少しというときだった。そう言われれば、今日はあまり水分を摂っていなかった。体は冷えているから温かいカフェ・クレームでも飲めば体も温まるだろう。
「そうですね。レース重いでしょう?」
「これくらい大丈夫ですよ。普段、これでも結構重い資材抱えるんですよ」
「そうか。問屋さんも大変ですね」
「そうですね。あ、ここ美味しいですよ」
淳さんにそう言われて、1軒のカフェに入る。普段は通りに出た席に座るところだけど、こんなに寒いときは店内がいい。それは淳さんも同じだったようで、外の景色の見える窓際の席に座る。2人ともカフェ・クレームを注文すると、レースをずっと持って痛くなっていた手を曲げ伸ばしする。
「自分が使うものだけど、これだけのレースを買うとなかなかですね」
「資材屋としてはまだまだです。ただ、結構歩きましたね」
そうだ。蚤の市の中も結構歩いた。
「どれくらい歩いたんだろう」
「10キロくらいですかね?」
適当に言う淳さんに僕は思わず笑ってしまった。
「適当に言ってる」
「疲れるくらい歩いてるんですから10キロはあります」
真面目な顔をしてそう言う淳さんは普段の落ち着きのある店主から少し砕けて、年相応の青年になる。そして僕はそんな淳さんを見て気持ちが和むし、今に至っては笑うしかない。
そうして笑っているとカフェ・クレームが運ばれてくる。温かいカフェ・クレームは冷えた体を温めてくれる。
「生き返る」
「ほんとですね」
そんなふうに笑いながらカフェ・クレームを飲みながら通りに目をやると、自分が笑っていたことに気がついた。僕、笑ってる? あんなに湊斗くんとの思い出があるから怖いって言っていたのに実際に来てみたら、淳さんと生地や細かい資材を見て回っているのが楽しかった。それで笑っていたのだ、自分は。一体こんなふうに笑ったのはいつぶりだろう。湊斗くんに失恋してから1年以上。その間に笑った記憶がない。でも、今の僕はパリにいて、それなのに笑っている。そんな自分に少しびっくりする。
「ところで明日はどうしましょうか? 俺はもう一度蚤の市に行こうかと思ってるんですけど。今日見て回れなかったところがあるので。でも吉澤さんはレース見つかったし。ただ、蚤の市、楽しいですよ。明日はリボンが多いところと刺繍屋に行こうかと思って。日本にはそんなのないでしょう?」
「すごい。そんなお店あるんだ」
「ありますよ。サントゥアン蚤の市、舐めちゃダメですよ」
ふざけて少し脅すように言う淳さんに僕はまた笑う羽目になった。
それより明日はどうしよう。レースが見つかったから、もう資材は見なくても構わない。別行動にして貰って、服を見に行くのもいい。どうしようか。もっと蚤の市を見るのも楽しいかもしれない。でも、せっかく時間ができたのなら服をみたい気もする。
「蚤の市も気になるんですけど、服を見に行ってもいいですか? 最近は普通の服も満足に作れなかったので」
そう、ドレスを作るのもそうだけれど、普通の服を作れなくては困る。この先ずっと適当なデザインをしていくわけにはいかない。それには色々な服を見て回るのがいい。日本でも見て回ったけれど、ここはパリだ。日本とは違う。せっかくパリまで来たんだから、服を見ない手はない。月曜日の午後、服を見に行くつもりだったけれど、見て回る時間が多くて困ることはない。日本ではゆっくりと見れなかったハイブランド店をじっくりみてみたい。
「いいですよ。じゃあ吉澤さんは服を見に行ってください。俺はまた蚤の市に行ってきます。で、今日くらいには帰ってきます」
「そうしたら僕もこの時間に帰ってきますよ」
「じゃあまたコーヒーを飲んでから夕食でも食べに行きましょう。いいビストロがあるんですよ」
そんなふうに明日の行動が決まった。別行動になるとしても、こんなふうに旅程を相談する時間まで楽しい。そんな旅行は初めてだった。そして気づく、もう過去何度も来たパリだけど、今回のパリほど楽しく過ごしているのは初めてかもしれない。もちろん湊斗くんとモンマルトルの街を歩いたときも楽しかった。でも、こんなに笑っただろうか? こんなに楽しいのはお目当てのレースが見つかって気が楽になったからか。それとも隣にいる人が違うからだろうか。わからない。でも、今、確かに楽しいと思えているのは事実だ。
「なにかいいものを見つけたら見せますよ」
笑ってそういう淳さんに、僕も笑顔を返した。
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