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パリ06

 少し遅めの時間に前日の朝と同じ店でクロックムッシュを食べ、淳さんが行くと言う資材店についていく。けれど、途中で気づいた。これは僕が定宿にしているホテルへと行く道だ。つまり、湊斗くんとの思い出のあるところだ。それに気づいた瞬間、思わず足が止まってしまった。隣を歩いていた淳さんが振り怪訝な顔で僕を見る。 「吉澤さん? どうしたんですか」 「……いや、あの」  僕が口ごもったことで淳さんは気づいたようだ。 「……帰りますか?」  そう、一言だけ訊いてきた。帰る……。そうだ。別にもうドレス作りに必要な資材は揃ったんだ。だから無理してまで資材店についていかなくてもいいんだ。それなら今日もまた服を見に行けばいい。なのに、今来た道を戻ることも出来ずに立ちすくんでしまう。進みたいのか戻りたいのか。でも、足を進めるその方向が気持ちの方向にもなっている気がした。足を前に進めれば気持ちが前に進んで、今来た道を戻れば気持ちも後ろに戻り、進むことはできない。そう思うと戻ることはしたくないと思った。進みたい。でも、怖い。だけど、もしここで戻ってしまったら僕はずっと逃げ続けてしまう気がした。それこそ定宿にもう泊まることはできないし、このエリアを避けて歩かなくてはいけない。でも、そんな自分が嫌だと思った。そして言った。 「いえ。行きます」  そして足を一歩踏み出す。 「大丈夫ですか?」  大丈夫か? いや、大丈夫じゃない。背中に嫌な汗をかいている。緊張している。そうだろう。湊斗くんとの思い出がいっぱい詰まった場所なのだから。それでも、前へ進みたい。だから、ゆっくりとだけれど足を前へと進める。そして淳さんの隣に並ぶ。 「すいません。お待たせしました」 「そんなことはいいんですよ。行きますか?」  淳さんは無理をさせなかった。行きましょうとは一切言わずに、僕がどうするかを待っていてくれた。それが嬉しかった。だから、進んでみようと思ったのかもしれなかった。 「はい。行きましょう」  そうして前へ進んで行けば、僕がいつもコーヒーを飲んでいたカフェ。もちろん湊斗くんとも入った。そしてもう少し歩いていくと僕の定宿のホテル。 「ここ、僕がいつも泊まってるホテルなんです」 「そうなんですね。俺もこの前は結構通ってます。これからいく店もそうだし、他にも資材を扱っている店があるんです」 「もしかしたら僕も行ったことがあるかもしれないです。ここを少し行ったところにあるんだけど」 「同じ店かな? じゃあ答え合わせに行ってみましょう」 「はい」  ホテルを通り越して、淳さんは道を右に曲がる。残念。僕が行ったのはこのまままっすぐだった。 「違いましたか。でも、この先の店も行ったことはあります。でも、僕が必ず行くのはこっちなんです」 「サテンを扱ってる?」 「そうです。ドレスを作るのによく使われます。あ、ドレスって社交ダンスのですけど」  そうか。社交ダンス用のドレスにも使われるなと思う。 「そうか。サテン生地って何気に使いますよね」 「そうですね。サテン生地とレース生地が一番良く出ます。だから色々な種類、色、揃えておきたいんです。あ、ここです」  そう言って淳さんは1軒の店の前で止まり、ドアを開ける。すると鐘の音がし、中から中年の男性が現れる。そして僕を見ると目を見開いた。 『すごいイケメンだなジュン』    イケメンだと言われて恥ずかしくなってしまう。 『でしょう。デザイナーさんです』 『モデルになればいいのに』 『イケメンデザイナーっていうのもいいんじゃない?  で、言っていた新しいサテン生地って?』  しかし、僕もフランス語はそこそこ話せるけれど、淳さんのフランス語は滑らかで慣れている。きっと随分勉強したんだろうなと思う。  そして淳さんに訊かれて、店主は、壁の一角から白いサテン生地を持ってきた。 『色はもう少しあるけど、これだ。品のある光沢であまりギラギラしないだろう?』 『ああ、ほんとだ。肌触りも滑らかだし、これは欲しいな。他に何色がある?』 『白とブルー、レッド、エメラルドグリーン、ベビーピンク、ブラックがある。必要であれば他の色も取り寄せられる』 『そうか。ブルーはどんな色?』  淳さんに問われて店主は棚の下の方から生地を出した。それは青空のような明るい青だった。 『へえ。綺麗だな。そうしたらある色全部を。あとは黒のビーズある?』 『もちろん。ジュンが来ると言うから仕入れておいた』 『ありがとう』  さっきのレッドのサテン生地に黒のレース地、黒のファー、そしてブラックのビーズをサテン生地につければ社交ダンスにぴったりのドレスが作れる。黒のレース生地は無地より水玉がついている方がいいな。  生地を見てそう思う。と、そのときに気づいた。今、生地を見て、どんなドレスを作れるかを考えていた。パッとドレスの絵が頭の中に浮かんだ。それは久しぶりのことだった。服を作ろう、ドレスを作ろうとしても全然思い浮かばなかったのに、今は考えもせずに自然に浮かんだ。そのことが嬉しくて、気が付いたら涙が頬を伝っていた。

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