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湯の神の花嫁
その言葉に、一斉に自分に視線を向けられたのを感じる。その視線が痛くて、凪はその場から逃げ出したくなる衝動を必死に堪えた。
自分がどんな無謀なことを言っているのかなんてわかりきっている。「馬鹿なことを言うな!」と罵倒されることが怖くて、凪はぐっと奥歯を噛み締めた。
凪だって花嫁になることが不安で仕方がない。なぜなら凪は男だし、まだ十三歳になったばかりの子供だ。
それでも、自分が生まれ育った村を守りたかったし、湯玄にも会いたかった。
遠くには、目を見開き「信じられない」といった顔をしている父親がいる。その場が一瞬でどよめきだした。
「お、俺は男だけれど女みたいに綺麗だってよく言われるから、もしかしたら湯玄様に気に入ってもらえるかもしれない……」
言葉を紡ごうとするのだが、唇が震えて言葉にできないし、呼吸も上手くできなくて息苦しい。凪は着物の袖を力いっぱい握り締めた。
「だから俺が花嫁になる。そして、俺が湯滝村を、椿屋を守ってみせる。絶対に湯玄様に気に入られてみせるから!」
凪は目にいっぱいの涙を浮かべて、その場にいる村人たちを見渡したのだった。
「馬鹿なことを言うな! 凪は男だし、まだ子供だぞ! それこそ湯玄様のお怒りを買ってしまう」
「……いや。確かに凪は男だが、この村で一番美しいと言っても過言ではない。もしかしたら湯玄様も凪を気に入ってくれるかもしれない」
その時、そのやり取りを黙ってみていた湯滝村の長老が口を開く。村人たちの視線は一斉に長老へと向けられた。
「凪を花嫁にしよう」
もう一度、その言葉を噛み締めるように長老が言葉を紡いだ。
「そうだ! 凪を花嫁にしよう!」
「凪に決まりだな!」
長老の言葉に、皆が一斉に賛同した。長老の意見に反旗を翻すことができる者など、この村にはいないのだ。
そんな中、凪はそっと父親に視線を移す。凪は花嫁に志願することを父親に全く相談などしていなかったから、こんな話は寝耳に水だったことだろう。今更ながら申し訳ない思いが込み上げてきた。
凪の父親は目を見開いて呆然としている。しかしここまできて「いや、我が家の一人息子を花嫁になんてできない!」などと言えるはずがない。誰かが犠牲になることでしか湯滝村を守れない今、誰かが花嫁になるしか残された道はないのだ。
「父さん、ごめん」
凪はきゅっと唇を噛み締める。あまりにも強く噛んだものだから、少しずつ血の味が口の中に広がっていった。
凪の父親は最近体調が優れず、使用人に店を預け臥せっていることが増えてきている。いつも顔色が悪く、少しずつ痩せてきてしまっている姿が痛々しい。
きっと、父親の体調が優れない原因は、源泉の湯量が減ってきてしまったからだと凪は感じている。次第に遠退いていく客足に心を痛めた父親が、精神的に参ってしまった……そう思えてならない。
だから、また源泉からお湯が沸きあがるようになれば、椿屋にも客が戻ってくる……そうしたら、きっと父親はまた元気になるはずだ、と凪は願っていた。
「よし、花嫁は凪に決まりだな」
「頼んだぞ、凪」
「……わかった」
村人たちからの視線を痛いほどに感じながら、凪は大きく頷いたのだった。
◇◆◇◆
凪が花嫁に志願してから、慌ただしく時は過ぎていった。
我が子が湯玄の花嫁に決まったことを知った母親は、泣き崩れてしまう。まさか、男の凪が花嫁に選ばれるなんて夢にも思っていなかったのだろう。
「母さん、俺は大丈夫だよ」
「凪、凪……」
細い肩を揺らしながら泣く母親をそっと抱き締める。祖母は「立派に役目を果たしておくれ」と目にたくさんの涙を浮かべながら笑った。
もしかして、自分はとんでもない親不孝をしてしまったのではないか……そう思えば心が引き裂かれるように痛む。それでも湯花神社に足を運べば、どうしてももう一度湯玄に会いたいと思ってしまうのだ。
この世のものとは思えないあの美しい姿を、もう一度見たい。日に日にその思いは強くなっていく。
神社の本殿を覗き込んでも、そこに巫女の姿はない。凪の心に何とも言えない寂しさが押し寄せた。
凪が花嫁になる準備、とは……凪が女性になる準備でもあった。慌ただしく白無垢が作られているようで、体の隅から隅まで採寸される。凪は、男である自分が花嫁衣裳を着ることが恥ずかしくて、顔を上げることさえできなかった。
そして、凪が一番肝を抜かれたのは夜の営みの勉強だった。湯滝村にある遊郭に招かれ、凪は一番立派な客室へと連れて行かれる。そこで一番人気があると言われている遊女から、床入りの方法や、男を喜ばせる方法などを教えられたのだ。
遊女に押し倒された凪は恥ずかしさのあまり、顔から湯気が出そうになる。部屋中に充満したお香の香りに、艶めかしく微笑む遊女を目の前に、凪は全身の血液が沸騰してしまったのではないか? というくらいの興奮を覚えた。
「いいかい? これから男に抱かれる作法を教えるからね」
「男に、抱かれる……?」
「当り前だろう? あんたは湯玄様のお嫁さんになるんだから。男の腕の中で可愛く乱れる方法を、きちんと学んでおくれよ?」
「は、はい……」
羞恥心から体が小さく震える。遊女の色香にくらくらと眩暈を覚えた。
花嫁は清らかであることが条件であるため、凪が遊女を抱くことはなかったが、逆に男に抱かれる方法を指南される。まだ十三歳だった凪は、その行為に強い衝撃を受けたのだった。
「俺、湯玄様とこんなことはできない……」
頭から布団を被り震えていると、「ふふっ。可愛いわね」と遊女が笑った。
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