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湯玄との再会

 祭りの準備は着々と進んでいる。つい最近は客足も減り、村全体が寂しい雰囲気に包まれていたが、そんな湯滝村にも祭りのときばかりは活気が戻りつつあるように感じられて、凪は嬉しかった。 「やっぱり祭りってワクワクするなぁ」  凪の表情も自然にほころんでしまう。もしかしたら観光客も少しずつ戻って、湯滝村も以前のような賑わいを取り戻してくれるかもしれない。そんな淡い期待が胸を掠めた。  祭りの準備で凪に割り振られたのは、湯花神社の神殿の掃除だ。「神殿を隅々まで掃除して来い」と長老に言いつけられたときは、正直気が重かった。もしかしたら、湯玄が自分を迎えに来てしまうかもしれない……そんな不安を感じたから。でも今思えば、それが長老の狙いだったのだろう。  凪は朝早くから箒と雑巾、それに大きなたらいを持って湯花神社へと向かった。 「おはよう、紅さん。青さん」  まずは湯花神社の入り口に座っている、二匹の狛犬に挨拶をしてから、心を籠めて綺麗な布で拭いてやる。最後に温かいお湯で汚れを流してやれば、嬉しそうに笑っているように見えた。 「よかった、綺麗になった」  そんな二匹を見て、凪はにっこりと微笑んだ。  それからたらいに温泉を組んで神殿に向かう。長いこと巫女が住んでいない神殿は埃がうっすらと溜まっていた。  凪がこの神殿を訪れたのは、湯玄に追い返された日以来だ。もうここに来ることなんてないと思っていたし、そもそも長老に掃除を言いつけられなければ、来ることもなかっただろう。凪にとって、この神殿は苦い思い出しかなかった。 「よし、やっちまうか」  凪が腕まくりをして神殿の戸を全て開け放とうとした時。ふと、湯石が熱くなるを感じる。湯花神社の近くにある滝の音が、少しだけ大きくなった気がした。 「凪」  ふと誰かに名前を呼ばれた気がして思わず振り返る。もしかして……凪の心臓の鼓動が少しずつ速くなった。 「凪、待っていたぞ」  その声を忘れるはずなんてない。低くて優しい耳ざわりのいい声。凪の心を甘く震わせるのだ。  それは、ずっと会いたかったのに、二度と会いたくない愛しい者の声。凪の体は、まるで凍り付いてしまったかのように動かなくなってしまった。 「来い、凪」 「え?」  突風が吹き荒れたと思った瞬間、何か温かなものに抱き抱えられた凪の体がふわりと宙に浮く。状況を把握する間もなく、凪は声の主に連れさられてしまったのだった。  気が付いたとき、凪は源泉にいた。相変わらず卵が腐ったような匂いが立ち込めているその場所は、凪が初めて湯玄と出会った場所である。  ただあの頃と変わってしまったのは、源泉から湧き出ている温泉は今にも止まってしまいそうな程少ない。 「おい、凪よ」 「は?」  突然頭上からした声に凪は思わず顔を上げる。その声は固く、明らかに怒りを含んでいた。凪の視線の先には、憤怒した顔の湯玄が凪を睨みつけていた。  凪はと言えば、湯玄に強く抱き抱えられ身動きをとることもできない。「いつもいつも子供みたいに抱き抱えやがって!」と文句の一つでも言ってやろうと凪が口を開いた時、湯玄の怒気を含んだ声が聞こえてきた。 「なぜ私の元へ嫁に来ない?」 「……はぁ? ふざけたことを言ってんじゃねぇよ! 四年間待つなんて言いながら、遊郭で女に囲まれながらニヤニヤしてたのはどこのどいつだ⁉」 「なんだ? やっぱりあの時気が付いていたのか」  湯玄は大声で喚き散らす凪のことを見て、煩わしそうに大きな溜息をつく。 「それは誤解だ。私は遊郭に女を買いに行ったわけではない」 「誤解だと? じゃあ、遊郭に飯を食いに行ったとでも言うのかよ⁉ とにかく放しやがれ!」 「なんだ? 其方、もしや妬いているのか?」 「な、何言ってんだよ⁉ いいから離せ‼ 俺は嘘つきが大嫌いなんだよ‼」 「おい、こら。そんなに暴れるな! 落としてしまうだろう」  なんとか湯玄から逃れようと、凪は顔を真っ赤にしながら手足をばたばたさせて抵抗を試みる。湯玄と長く一緒にいてはいけない……凪の本能がそう警笛を鳴らした。  きっと湯玄の腕の逞しさや、温もりを思い出してしまったら、また彼に絆されてしまう……そう思えてならなかった。 「あの時四年間待ってくれるって言ってたじゃん!? それなのに、なんで女の所になんか行くんだよ? あんた、やっぱり女のほうがいいんだろう?」 「それは違うぞ。現にこうして四年後に迎えに来たではないか?」 「いい女が見つからなかっただけだろう?」 「だから、違うと何回も言っているではないか……」  これでは堂々巡りだ。湯玄がわざとらしく大きな溜息をつく。そんな姿が、更に凪をイライラさせた。 「……俺は初恋だったんだ。それを踏みにじった奴の花嫁なんかになりたくはない」    

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