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豊作の奇跡
椿屋の裏には広い畑があり、そこで稲や麦、豆などを育てていた。更にそのすぐ近くには田んぼがあり、春が到来し暖かくなる頃に、椿屋の使用人総出で田植えをするのが毎年の恒例行事だ。しかし、近年は不作が続いている。
雪が降る寒い今頃は、畑には白菜や大根などが植えられているが、白菜の葉は黄色くなり、大根は枯れ枝のように細い。
源泉からお湯が豊富に湧き出していた頃は毎年豊作続きだったが、湯量の減少と共に不作が続いてしまっている。そんな作物が獲れないことも、湯滝村には大きな損害となっていた。
嬉しそうに鼻歌を歌いながら畑に向かう佐之助の横には、猫にも犬にも見える獣が楽しそうに走り回っている。突然現れた獣に、凪は驚いて目を見開いた。
「なんだ、あの獣は……。もしかして、狐……?」
この辺りで狐を見かけることなんてないものだから、凪は自分の目を疑ってしまう。でも見間違いではなく、大きな尻尾を揺らしながら可愛らしい狐が佐之助の回りを走りまわっているのだ。
「そっか、佐之助様はお稲荷様だから、狐がそばにいるんだ」
凪は仲良くじゃれ合う可愛らしい狐の姿に目を細めた。
畑に着いた佐之助は「これはひどい……」と呟いた後、静かに地面にしゃがみ込む。
「こんなに土地が痩せてしまって……可哀そうに」
「あの、佐之助様。また作物が収穫できるようになりますか?」
「そうですね……頑張ってみます」
そう微笑んだ佐之助が、地面にそっと手を当てた。
小声で何かの呪文を唱える佐之助の頭からは三角の大きな耳が生え、ふわふわとした大きな尾も揺れている。佐之助のまわりには、火の玉のようなぼんやりとした炎が浮かびはじめた。
「あれは、狐火ってやつか……?」
凪がその神秘的な光景に目を奪われていると「さぁ、元気になりなさい」……そう囁いた佐之助が切れ長の目を見開く。
淡く光を放つ狐火が畑に吸い込まれていった。それと同時に、凪の足裏がほのかに温かくなる。不思議に思った凪が、地面に手をつけると、冬だというのに地面が温かくなっていた。
「なんだ、これ……」
凪が呆然と佐之助を見つめていると、佐之助がにっこりと微笑む。そして、畑に植えられている白菜や大根に向かい、優しい声色で話しかけた。
「よかった、間に合って」
それはあっという間の出来事だった。
目の前に広がる白菜は、いつの間にやら青々としたみずみずしい葉が巻いているし、大根も丸々と肥えて今にも地面から飛び出してきそうだ。白菜や大根だけでなく、小松菜や葱も見間違える程生き生きとしていた。
「これが、豊作の神様の力……」
凪は呆気にとられて、佐之助を呆然と見つめる。
「これで少しはお役にたてましたかね」
そう目を細めて笑う佐之助の無邪気さに、つい凪の口角も上がってしまった。
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