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弱っていく神様

 それ以来、佐之助は椿屋に居ついてしまう。  昼間は村人たちを集め、畑仕事に精を出している。佐之助の持つ農作業の知識は目から鱗が落ちるようなもので、村人たちは佐之助の教えのもと農作業に奮闘していた。  夜は泰富と湯滝村の名産でもあるにごり酒に舌鼓を打つ。佐之助と泰富は、昔話に花を咲かせて、その横では、虎徹と子狐が仲良く遊んでいる。  そんな穏やかな時間が過ぎていった。  もうすぐ年に一度の湯祭りが開催されるということで、湯花神社は飾り付けられ華やかになっていくが、湯玄は湯花神社に戻ることが少しずつ増えていく。そんな湯玄を心配した凪がそっと顔を覗き込んだ。 「湯玄様、体の調子が悪いのか?」 「うるさい。そんなわけないだろう。私は全然大丈夫だ」  凪が湯玄の肩に手を置こうとすると、勢いよく振り払われてしまう。明らかに強がっているのがわかってしまうが、湯玄の性格的に素直に弱みを見せることなんてないだろう。それがかえって痛々しく見える。  源泉から湧き出す湯は徐々に減っていき、村の真ん中を流れる川も再び小川のようになってしまった。それは湯玄の神力が弱ってしまっている証拠でもある。  自分が湯玄の花嫁にならなかったばかりに……凪は自責の念にかられるようになった。  ある朝、まだ朝日が差し込んでいない頃、湯玄がそっと布団から抜け出した感覚に凪は目を覚ます。最初の頃はあんなに戸惑いを感じていたのに、狭い布団に二人で体を寄せ合って眠ることが当たり前のようになってしまっていた。  湯玄が隣にいると、とても温かい。今では冷え切った足を湯玄に絡めて暖をとるようにまでなってしまっている。「其方の足は冷たくて敵わん」と泣き言をいう湯玄にも、凪はお構いなしだ。  凪は、湯玄の温もりが心地よかった。 「少しだけ湯花神社に戻る」 「また体調が悪いのか?」 「いや、少し体を休めてくるだけだ。すぐに戻る」  寝ぼけ眼で湯玄を見上げる凪の頭を、湯玄がそっと撫でてくれる。その大きな手が気持ちよくて、凪はもう一度目を閉じた。まだ眠くて仕方がないのだ。  離れていく湯玄の着物の袖を凪が無意識に掴むと「心配するな。行ってくる」と、優しくその手を握り返してくれたのだった。  湯玄が朝方に湯滝神社に戻って大分時間がたった。いつもなら数時間後にひょっこり帰ってくるのに、今日はなかなかもどってこない。  心配になった凪は母親に断りをいれてから、湯滝神社へと足を運んだのだった。  湯滝神社の滝は白糸のように細くなり、湯気もほとんど上がらない境内は凍えるように寒い。 「湯玄様。いるの?」  凪が静かに神殿の中を覗き込むと、窓を閉め切った暗闇の中から「あー」と気の抜けた声が聞こえてきた。そっと神殿の奥の部屋に入っていくと、大きな湯石が目に飛び込んでくる。巫女に会いに来たときには、湯石の存在に気付かなかっただけに、凪は思わず目を見開いた。  その湯石は赤黒い光を放ち、まるで心臓のように拍動を打っているようにさえ見える。そんな湯石に寄り添うように、湯玄は寝ていた。 「どうした? 私が恋しくなったのか?」 「そ、そんなんじゃねぇけど、心配になって……」 「心配には及ばぬ。もう少し休んだら帰る」 「なぁ、無理しなくていいよ。湯石の傍にいて元気になれるなら、ここでゆっくりしてくればいい」 「いや帰る」 「でも……」 「帰るんだ」  子供のように駄々を捏ねる湯玄に、凪は思わず溜息を吐く。凪は、ただ湯玄にゆっくりしてもらって元気を取り戻してほしいだけなのだ。それなのに今の湯玄は、なんだか意地になっているように感じられる。  いいからゆっくり休んでくれ、そう言おうと凪が口を開いたとき、湯玄がぽつりぽつりと話し出す。それがやっぱり拗ねた子供のように見えた。 「私が凪の傍にいたいんだ」 「は?」 「凪は最近、泰富や佐之助に夢中で私のことなんておざなりだ。だから、少しでも傍にいないと、其方は私のことを忘れてしまうだろう?」 「そんなことを思っていたのか?」 「だから、もう少し休んだら帰る。先に帰ってろ」  湯玄はゴロッと大きく寝がえりを打ち、凪に背中を向けてしまった。そんな湯玄の元へと駆け寄り、自分から「俺の生力を分けてやるよ」と言い出だせないことが、凪は歯痒くて仕方がなかった。  ◇◆◇◆  その晩、湯玄は椿屋に帰って来なかった。  凪は夜遅くまで湯玄の帰りを玄関で待っていたが、湯玄が現れることはなく体が氷のように冷たくなっていく。奥歯を噛み締めても体がカタカタと震え、指先は感覚がなくなってしまうほど冷たい。「はぁ」と自分の手に息を吐きかけて、凪は湯滝神社を見上げた。  湯玄はこんな寒い中、一人ぼっちで湯滝神社にいるのだろうか? 神殿の中一人で蹲る湯玄の姿を想像しただけで、胸が張り裂けそうに痛んだ。 「凪さん、風邪をひいてしまいますからもう部屋に戻りましょう? 温かい甘酒を準備しましたから」 「泰富様……」 「大丈夫。神はそんなに弱い存在じゃありませんから。多少寒いところにいたって平気ですよ。それより、人である凪さんの方が心配です。こんなに体が冷えています。お風呂に入ってきたらどうでしょうか?」 「……はい、そうします」  そう微笑む泰富に、凪は救われたのだった。

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