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すれ違う想い

「あれほど義盛に会うなと口を酸っぱくして言っただろう? なぜ守れなかった?」 「だって、強引にここに連れて来られて……」 「逃げるなり助けを求めるなりできただろうに?」  湯玄に頭ごなしに叱責された凪は、思わず俯く。半ば強引に酒を飲まされたのは事実だが、湯玄の言うことも一理ある。義盛に会ってはいけないと、あれほど言われたのに……あまりにも迂闊過ぎる自分を呪ってしまう。  しかし、それ以上に凪は自分の体の異変に戸惑っていた。  体はカッカと火照り、自分で自分の体をきつく抱きしめないと耐えきれない程の激しい感情に襲われていたのだ。「酒の中に少量だが媚薬を入れた」と義盛は言っていたが、そのせいだろうか?  凪の呼吸はどんどん速くなり、心臓が雷のように鳴り響く。あまりの辛さに体を縮こまらせた。 「苦しい……はぁ、はぁ……」 「チッ。変なものを盛られやがって。私は席を外すから、一人で何とかするんだ。わかったな?」 「何とかって……どうしたらいいんだよ?」 「其方だって男だ。自分で自分を慰めたらいいだろう?」 「そんな……湯玄様は助けてくれないのか?」  あまりの苦しさに湯玄に縋りつけば、逆に体を離されてしまう。その冷たい態度に、凪はひどく傷ついた。  湯玄はいつか自分のことを抱くと言っていたのになぜなのだろう? こんな自分を助けることができるのは湯玄しかいないというのに……。凪は湯玄の着物を握り締めたまま唇を噛み締めた。 「自分で自分を慰めるなんて嫌だ。湯玄様がこの熱を冷ましてよ! だって、俺たちいつか結婚するんだろう?」 「しかし、今の其方は冷静ではない。そんなときに其方を抱いて、一体何になるというのだ?」 「でも、湯玄様……」 「私に其方を抱くことなんてできない」  そう冷たくあしらわれた凪は、目頭が熱くなるのを感じる。「どうして?」と問いかけたいのに、唇が震えて言葉を紡ぐことができない。 「湯玄様の意地悪。こんなにも辛いのに」  凪が俯くと、ぽろぽろと涙が頬を伝う。大人しく湯玄の元に嫁入りしなかったから、罰が当たったのかもしれない……。それとも湯玄は、もう自分に興味がなくなってしまったのだろうか。  どんなに唇を噛み締めても、涙は次から次へと溢れ出した。 「そんなに泣くな」 「だって、俺はこんなに苦しいのに、湯玄様は俺のことを抱いてはくれないじゃないか? 今まであんなに気を持たせるようなことを言ったくせに。あの言葉は嘘だったのかよ?」  凪が顔を上げて湯玄を睨みつければ、一瞬悲しそうな顔した。そんな湯玄を見てしまえば、言ってはならないことを言ってしまったのだろうか? と凪は不安になってしまった。 「其方は、男に抱かれるということがどういうことかわかっていない」 「そ、そんなことない……!」 「嘘だ。其方は私が口付けるだけで、いつも震えているではないか。今だって……」 「ひゃッ!」  湯玄が凪の首筋を人差し指でそっと撫でるだけで、凪の体が大きく跳ね上がる。苦しい程に呼吸が荒くなり、体が小さく震え出す。それが興奮からくるものなのか、恐怖からなのかなんて、凪にはわからなかった。 「其方がそこまで言うなら本当に抱くぞ?」 「……湯玄様……」  ドサッという音と共に、凪は再び畳へと押し倒される。そのまま湯玄が凪の体に覆い被さってくれば、もう逃げることなんてできない。  媚薬のせいで熱く火照る体は、今目の前にいる見た目麗しい男を求めているのに、体の震えは止まってくれなかった。それでも、凪の懐にしまわれている湯石は、どんどんと熱を帯びていく。  湯玄に身を任せて快楽に溺れてしまいたい自分と、男に抱かれるという恐怖から尻込みをしてしまう自分がいる。相反する感情から、凪の心がグラグラと揺れた。そんな凪の心を見透かしたかのように、湯玄がそっと溜息を吐く。 「やはりやめておこう」 「な、なんで……?」 「そんな怯えた顔をされたら、興が冷めるに決まっているだろうが」  湯玄が凪から離れていこうとしたから、凪は咄嗟に湯玄の首に腕を回し強く引き寄せた。 「待って! 俺は大丈夫だから抱いてよ」 「其方が大丈夫でも、私は大丈夫ではない」 「そんな……」 「私が抱きたいのは、私のことを楽しませてくれる相手だ。少なくとも、今の其方ではない」  その言葉に凪の心が張り裂けんばかりに痛む。まるで過去の巫女たちと自分を比較され、劣っていると言われているように感じたのだ。 「なんだよ、それ……。散々俺を抱きたいとか、夫婦になろうとか言ってたくせに。あれは全部嘘だったのかよ⁉」 「嘘などではない。ただ、私は今の其方を抱くことはできないと言っているだけだ」 「そんなのただの臆病者だろうが!? 湯玄様の意気地なし!」 「なんだと? 意気地なしとはなんだ? 私に押し倒されたくらいで震えていたくせに」  もう売り言葉に買い言葉だ。こんな言い争いをしたかったわけではないのに……凪は拳を握り締める。ただ、酒と媚薬の力を借りて湯玄と一線を越えようとしたのは事実だ。そんな弱い自分が、心底情けなかった。 「意気地なしは俺のほうか……」  凪はポツリと呟く。自分は男だし、遊女のように湯玄を喜ばすこともできない。そんな現実を突きつけられたような気がした凪の瞳に、再び大粒の涙が溜まっていった。 「もういい」 「なんだと?」 「もういいよ。他の誰かに抱いてもらうから!」 「凪、凪! 待つのだ!」  座敷から出て行こうとした凪の腕を、湯玄が勢いよく掴む。あまりの力強さに一瞬凪は顔を歪めたが、勢いよくそれを振り払った。 「俺だって、男に抱かれることくらいできる!」  そう叫ぶと凪は椿屋を飛び出す。本当は湯玄に追いかけてきて欲しかったけれど、追いかけてきてもらったところで、どうしたらいいのかなんてわからない。  振り返ることが怖くて、凪は全力で走った。行く当てなどなかったけれど、力尽きて倒れてしまいそうになるまで走り続けたのだった。  

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