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廃神社の出会い

「はぁはぁはぁ……」  凪がようやく足を止めた時には、辺りは薄暗くなり空からは雪が舞い降りてきていた。そっと後ろを振り返ると、どうやら湯玄は追いかけてきていないようだ。 「……ふん、追いかけてもこないくせに……」  深く息を吐きながら、凪は近くにある大木に寄りかかる。それは美しい花をつけた蝋梅の木だった。その大木は黄色くて小さな花をたくさんつけ、可愛らしい花からは甘い香りがした。  ここは村外れで、湯滝村で育った凪でさえ、普段訪れないような場所だ。昔ここにも村があったと祖母から聞いたことがあったが、今はひっそりと静まり返り、人がいる気配さえない。  蝋梅が咲き乱れる林の近くには、廃神社がポツンと建っている。神社の庭には枯れ果てた大きな池があり、その周りには思わず溜息が漏れるほどの福寿草が咲いていた。 「福寿草か……すごく綺麗だ」  所狭しに咲いた福寿草は、凪が知っている黄色だけではなく赤や紫、それに橙色に白色。初めて見る福寿草に凪は見とれてしまった。福寿草は幸福を呼ぶとされており、人々に親しまれている。  薄暗くなった神社には人影はない。そもそも、この廃れ具合から言って、参拝客はかなり昔からいないのかもしれない。そんな荒れ果てた神社を見ると、心が痛む。  ――いつか湯花神社も、こんな風になってしまうのだろうか?  少しずつ参拝客の足が遠のき、みんなから忘れ去られていく。それは仕方がないことのかもしれないけれど、時の流れの儚さと、無常さを感じずにはいられなかった。 「この神社の神様は、今どこにいるんだろう」  凪はそっと神社の中を覗き込む。神殿の中は荒れ果てており、埃まみれだ。それでも神殿の中には、破れた太鼓や、朽ち果てたお供え物が祀られている祭壇があり、この神社が賑やかだった頃の面影を感じさせられた。 「あ、あの石、湯石に似ている」  神殿の真ん中には、湯石に似た石が置かれていた。その石は湯花神社にある大きな湯石に似ているが、とても冷たい印象を受ける。その石が光を放つことはなく、まるでその役目を終わらせ、深い眠りについているように感じられた。 「……う。やば……気持ち悪ぃ」  眩暈を覚えた凪はその場に蹲る。少し酒は抜けてきたようだが、全速力で走ったせいで残された酒が一気に全身を駆け巡っているようだ。  しかし、酒に入っていた媚薬は義盛の言っていた通り微量だったようで、あの異常な程感じていた火照りは収まりつつある。凪はホッと胸を撫で下ろし、呼吸を整えた。高鳴る鼓動が嫌に鼓膜に響く。  どっと疲れを感じた凪が目を閉じた瞬間、何者かにそっと頬を撫でられる感覚に体が大きく飛び跳ねた。 「誰だ⁉」  咄嗟にその手を払い除け、後ずさる。もしかして湯玄が追いかけてきたのだろうか? と淡い期待を抱いてしまう凪もいる。期待と恐怖を感じながらも、じっと暗闇を見据えた。 「ふふっ。また驚かせちゃったね。ごめん、凪」 「あ、あんたは……確か湯庵様……」 「あぁ、久しぶりだね」  湯庵は微笑みながら凪の前にしゃがみ込む。相変わらずの容顔美麗さに、凪は思わず息を呑んだ。 「おや? 顔が赤いね。どうしたんだい? 呼吸もいやに荒いし……」 「な、なんでもねぇよ。触らないで」 「なんでもない訳ないだろう? 今の凪はとても艶っぽい顔をしている。それにお酒臭いし……もしかして、媚薬も飲んでいるのかな?」 「…………」 「図星? 凪の体の中に、どす黒い何かがうごめいているのを感じるんだよね」  湯庵が凪の顔を覗き込みながら口角を吊り上げる。この穏やかな雰囲気を纏った湯庵が、こんな男らしい表情を見せたことに凪は強い戸惑いを感じた。 「媚薬を飲んで辛いなら、僕がその熱を鎮めてあげるよ」 「……え?」 「抱いてあげようか?」  その言葉に、凪の体が再び熱くなる。全身の血液が一気に体中を駆け巡る感覚に、凪は自分の胸を掻き毟った。ようやく収まってきたのに……目頭が熱くなるのを感じた。 「だって、凪はわざわざ僕の神社まで会いに来てくれたんだろう?」 「は? ここは、湯庵様の神社なのか?」 「うん。大分廃れてしまったけれど、ここはずっと昔に僕が祀られていた『湯福神社(ゆふくじんじゃ)』だよ」 「湯福神社……?」 「大昔、ここは温泉に溢れて、たくさんの人々で賑わう村だったんだ。今はこんなに荒れ果ててしまっているけどね。今は枯れ果てているけれど、あの池がこの村の源泉だったんだよ。夜になると行燈の明かりに照らされて、とても綺麗だったなぁ」  きっと湯庵には、豊富に温泉が湧き出し、観光客でにぎわっていた頃の光景が目に浮かんでいるのだろう。まるで遥か遠くを見つめるかのように辺りを見渡した後、寂しそうに笑った。 「それより凪。辛いのだったら、僕が熱を収めてあげるよ? どうする?」  湯庵に優しく頬を撫でられると、ピクッと反応してしまう。火照る体を庇うかのように、凪は自分の体を抱き締めた。 「いい。大丈夫」 「でも、凪、とても辛そうだよ?」 「大丈夫だから。だって俺は、抱かれるなら湯玄様がいい。ううん、湯玄様じゃなければ嫌なんだ」 「そうかい……」  湯庵がふっと微笑む。その笑顔が凍り付くほど綺麗で、凪の背中を冷たいものが走り抜けていった。 「そっか。それは残念だね。じゃあ今日は大人しく退散するとしよう」 「……あ、ちょっと待って!」  自分に背を向けて歩き出す湯庵に駆け寄り、思わず凪はその腕を掴んだ。 「なぁ湯庵様。あんた夕凪っていう男巫女を知ってる? 俺にそっくりな男巫女がいたらしいんだ」 「夕凪……ふふっ。随分懐かしい名前が出てきたね」  湯庵がクスクスと笑うが、その話しぶりから、どうやら湯庵は夕凪のことを知っているようだ。凪の心が期待で震えた。 「そうだね、凪の外見は夕凪にとてもよく似ている。それに、君たちは魂の色も、その不思議な力を持っているところも似ているよ。もしかしたら、凪は夕凪の生まれ変わりなのかもしれない」 「生まれ変わり……?」 「だから、湯玄も君に固執しているのかもしれないね。勿論この僕も……」 「どういうことだ?」 「ううん、何でもないよ」  湯庵が何かをはぐらかすようにいつもの笑みを浮かべる。凪はその顔を見つめたけれど、湯庵の本心を探ることはできなかった。 「じゃあ、行くね。物凄い勢いで近付いてくる湯玄の神力を感じるから」 「湯玄様がこっちに向かっているのか?」 「うん。今は湯玄に関わりたくないっていうのが僕の本音だから、今日は退散しよう。でも、いつか君を迎えに行くから。待っててね、僕の花嫁」  湯庵がふわりと笑った後、凪の額に自分の唇を押し当てる。 「な、何すんだよ……」 「ふふっ。相変わらず凪は可愛いね」  顔を真っ赤にしながら狼狽える凪を見てそっと微笑む湯庵は、蝋梅の林の中に消えていってしまったのだった。  

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