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湯玄様のもとへ

「どうしよう……早く二人を追いかけないと……!」  凪は急いで二人の後を追おうとしたが、まるで風のように飛んで行ってしまった二匹の獅子を追いかける手段が凪にはない。かと言って、悠長に走って向かう時間はなさそうだ。 「畜生……あのままでは、湯玄様が負けちまう……!」  湯玄はあんなにも勇敢に立ち向かっていったのに、自分はそんな湯玄を追いかけることさえできない。自分の無力さが情けなくて、凪は震える手をぐっと握り締めた。 「湯玄様……」  凪は自分の、人間の無力さを痛感する。所詮人間は、神の足元にも及ばないのだ。その現実が、悲しかった。  凪が湯玄の名前を呼んだ瞬間、後ろから「ワンワン」という犬の声が聞こえてくる。驚いた凪が振り返ると、そこには紅さんと青さんがこちらを向いて立っていた。 「なんでこんな所に、紅さんと青さんが?」  震える凪の傍に駆け寄り、顔をペロペロと舐める二匹の獅子に凪は救われる思いがした。先程目にした、二匹の山のように大きな獅子とは比べ物にならないけれど、今の凪には力強い仲間のように感じられたのだ。 「ワンワン!」  青さんが凪の胸に頬ずりをしながら、何かを訴えるかのように鳴く。何を言いたいのかがわからない凪が首を傾げていると、青さんは地面に座り込み、もう一度「ワンワン!」と鳴いた。 「……もしかして、青さんの背中に乗れってことか?」 「ワンワン!」 「でも……」  凪が躊躇っていると、紅さんが凪の着物の裾を引っ張る。その仕草は、まるで「早く青さんの背中に乗りなさい」と言っているように思えた。 「わかった。青さん、よろしくね」 「ワンワン!」  凪はおっかなびっくり青さんの背中に跨る。青さんは凪が想像していた以上に大きくて、逞しかった。 「紅さん、青さん。俺を湯玄様の元まで連れて行ってくれないか?」 「ワンワン!」  紅さんと青さんが嬉しそうに鳴いた後、まるで光の速さのごとく走り出したのだった。 「凄い! 青さんってこんなにも力持ちなんだね!」  凪は背中から振り落とされないよう、無我夢中で青さんの首にしがみつく。あまりの速さに呼吸さえできないほどだ。  凪を背に乗せた青さんと隣を走る紅さんは、脇目も触れず湯花神社へと向かって行く。  もうすぐ湯花神社に到着するというところで、季節はずれの雷鳴が辺りに響き渡った。ピカピカッと稲妻が走り、辺りが眩い光に包まれる。 「なんだよ、これ⁉」  青さんの背に揺られながら天を仰ぎ見た。目を疑うような出来事の連続に、凪は戸惑いを隠しきれずにいる。神々の怒りとは、こんなにも恐ろしいものなのか……凪はそれを思い知ったのだった。  祭りが終わった湯花神社に人はおらず、境内は暗闇に包まれている。そんな静寂の中、二匹の獅子が争う音が響き渡った。 「グワーーーーッ‼」  辺りを揺らすような遠吠えと共に、二匹の獅子が空中で激しくぶつかり合う。そのあまりの衝撃に、空気がビリビリッと揺れた。次の瞬間、湯庵が湯玄の腹に噛みつき、あたりに血の雨が降り注いだ。 「湯玄様⁉」  湯玄は勢いよく地面に叩きつけられるが、すぐに空を睨みつけ飛び立っていく。それを迎え撃つ湯庵の体にも無数の傷があり、ポタポタと血が滴り落ちていた。それでも争うことをやめようとしない姿に、凪の全身の血液が凍り付いていく。 「このままじゃ、二人共死んでしまう……止めなきゃ……」  凪は恐怖を振り払うかのように、拳を強く握り締める。恐怖から体が震えるけれど、もうそんな呑気なことを言っている暇はなさそうだ。 「青さん、二人の所に向かってくれ!」 「ワンワン!」  凪が争うことをやめようとしない二人の元に向かった瞬間、稲妻が天を引き裂いていく。大地が割れんばかりに大きく揺れた。  ――どうか、二人共死なないで……‼ 「湯玄様‼」 「ぎゃああああ‼」  凪が叫んだ瞬間、闇夜に二匹の獅子の断末魔が響き渡り……湯玄と湯庵は地上へと叩き落とされたのだった。  

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