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第八話 ガブリエルとミカエルの密談とラファエルの職務
執務室の密談
ルウの諮問会が終わったすぐ後、執務室でガブリエルとミカエルは神への報告書をまとめていた。神がその報告書に目を通したことは、未だかつて無かったが。
「なぁ、ガブリエル」
地味な当てのない仕事に退屈をもようしたのか、ミカエルが喋り出した。
「ラファエルの奴、本当はとっくに堕ちてるんじゃないか?
あいつは完璧過ぎて、胡散臭い」
「言い過ぎだ。ミカエル」
ガブリエルは淡々と手元の書類を整理しながらミカエルをなだめる。
「分かってるだろう。悪魔と交わり、挿入した途端に堕天するんだ。ありえない。」
「お前は堅いねぇ」
ミカエルはフッと鼻で笑い、執務室の天井を見上げた。
「天使なら誰だって、表と裏の顔を器用に使い分けてるもんだろ? 聖歌を歌う清らかな顔の裏で、何を考えているのやら」
ガブリエルは手を止め、ミカエルを鋭く見返した。
「だからこそ、慎重に見極める必要があるんだ。もし彼が精神の領域で悪魔に魅入られているのだとすれば………。
ラファエルには、あえて行動に一切の制限をかけていない。彼の神殿への出入りも、職務もな。
ただし、あの悪魔が捕らえられている地下牢の見張りを数倍に増やしてある。」
「それ、完全に泳がせてるだろ。………大天使長も、なかなかに悪趣味だ」
ミカエルは面白そうに言った。
「そういう訳じゃない。信じたいんだ………」
「今さら、誰を?」とでも言うように、ミカエルはガブリエルの生真面目な横顔を覗き見た。執務室の静かな空気の中に、それ以上二人の言葉が投げ込まれることは無かった。
「祈りの塔」での終演〈フィナーレ〉
天界の最上層にそびえ立つ「祈りの塔」。その頂きに屋根は無く、支えるべき物を持たない白い円柱が何本も、まるで誕生日ケーキの蝋燭のように立っていた。
ラファエルはいつも通り、そこにいた。
彼の最も重要な職務、神へ捧げる聖歌を歌うために。
ラファエルは手を天に差し伸べ、完璧な彫像となって歌う。白い衣に包まれた身体から白蓮の香を漂わせ、歌声のビブラートが清い空間を震わせる。
天上の至高の美を体現したような、何千年も繰り返されてきた、何一つ変わらないミサの光景である。
変わって行ったのは、聴衆の多さだ。
あまりにも長く、あまりにも単調な、神への盲目的な儀式。いつしか天使たちは誰もここへは来なくなっていた。
ラファエルは、たった一人でこの祈りの塔を守り、歌い続けてきたのだ。誰もいない空間に響く自分の声だけが、彼の世界のすべてだった。
ところが今日は、聖堂を埋め尽くさんばかりに聴衆が押し寄せていた。
(――軽薄な天使たちめ)
ラファエルは心の中で毒づいた。
(ここ数百年、誰一人祈りの塔に足を運ぶ天使などいなかったのに………)
ルウの諮問会が終わったすぐ後から、天界にはある「噂」が駆け巡っていた。完璧すぎる大天使ラファエルに関する、不穏で、それでいて酷く刺激的な噂。
彼らは神への祈りを捧げに来たのではない。 ただの好奇心だ。
(浅ましい。………本当に、うんざりする)
歌声を途切れさせることなく、聖歌を紡ぐラファエルの美しい唇は、慈愛に満ちた微笑の形を崩さない。
しかし、その声が放つエネルギーは、徐々に聖堂の空気を神聖な重圧で満たしていった。
「今こそ その時
待ちたる 裁きの火よ 天より降れ
恐るき審判 光の座より 降り立つ時
積もりし汚れは すべてが消え去り
白き灰へと 還りて眠らん」
神の絶対的な審判を讃える、おそろしく重厚な『終末の旋律』であった。
それは聴く者の骨を揺らし、魂の髄まで震わせるような、地響きを伴う大音響。
天使たちは、そのあまりの荘厳さに息を呑んだ。肉体を押し潰さんばかりの強烈な「畏怖」は、「神聖さ」そのものだった。
あまりにも巨大な聖なる光の前に立つとき、人はただ恐怖し、ひれ伏すしかないように。
天使たちはただ、ラファエルという偉大な存在が体現する黙示録的な神の美の前に圧倒され、震えながら涙を流して祈るのだった。
神の威光を讃える清らかなメロディの裏側で、ラファエルの思考は、逃げるようにして「あの場所」へと向かっていく。
天界の最も深い地下牢の、暗い安らぎの中へと。
天使たちの拍手は鳴り止まない。
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