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第2話 客間の扉に「牢屋♡」
ガラスの靴は、王妃の机の上で震えていた。
広い執務室には、王妃とフィル、王城付きの魔術師、それから数人の兵士が集まっている。
昨夜の騒ぎから一晩。
フィルはほとんど眠っていなかった。
椅子へ座ってはいるものの、視線はずっとガラスの靴へ向いている。
「あの人を見つけられますか」
魔術師は靴の周囲を何度か回り、顎を撫でた。
「男を女性へ変える魔法具であることは間違いありません」
「それは見れば分かります」
「なかなか高度な魔法です。顔や声だけでなく、骨格、筋力、衣服まで変化させる」
「持ち主は見つかるのですか」
「それは、まだ」
フィルの肩が落ちた。
王妃は机の上の靴を見た。
「これを最後に履いた男のところへ戻る機能は?」
魔術師が目を瞬く。
「そのような術式が組み込まれている可能性はありますが、解析には数日ほど」
「数日」
フィルが小さく繰り返した。
「そんなに」
「殿下。国中から一人を探すのです。数日なら早い方かと」
「でも、あの人がどこかへ行ってしまったら」
「不法侵入者なのですから、逃亡している可能性もございます」
「逃亡者ではありません。僕の命の恩人です」
「男子禁制の舞踏会へ魔法で姿を変えて入り、衛兵から逃げた命の恩人です」
王妃が立ち上がった。
「もう結構です」
「母上?」
王妃はガラスの靴を手に取った。
光へ透かして眺め、指先で表面を軽く叩く。
こん。
透明な靴の中で、小さな光が揺れた。
「ねえ、ガラスの靴」
室内が静まった。
王妃は靴へ優しく微笑みかけた。
「最後にあなたを履いた男は、どこにいるの?」
ガラスの靴は動かない。
「母上。靴は話さないと思います」
「黙っていなさい、フィル」
「はい」
王妃は笑顔のまま、靴を机の角へ当てた。
「案内しなさい」
沈黙。
「できないの?」
沈黙。
「それなら、今ここで粉々にするわよ」
びくっ。
靴が大きく震えた。
フィルが立ち上がる。
「動きました!」
「最初から素直にしなさい」
王妃が手を離す。
ガラスの靴は机の上を二、三度よろめき、覚悟を決めたように床へ飛び降りた。
硬い床を軽快に走っていく。
「追いなさい」
王妃の一声で、兵士たちが一斉に動いた。
フィルも続こうとする。
「フィル」
「僕も行きます」
「昨夜落ちたばかりでしょう」
「怪我はありません」
「足元も見ずに走る人間が、どうしてバルコニーから落ちるのです」
「今回は落ちません」
「馬車で行きなさい」
「はい!」
ガラスの靴は、既に廊下の向こうへ消えていた。
****
靴は速かった。
城門を抜け、石畳の道を走り、王都の外へ向かっていく。
兵士は馬で追い、フィルは王家の馬車から身を乗り出して、その行方を見守った。
「殿下。危険ですので、お下がりください」
「見失いそうです」
「透明ではありますが、非常に目立っています」
道行く人々が足を止めていた。
ガラスの靴が一足だけ、誰にも履かれず街道を駆けている。
見失う方が難しい。
靴は一度も迷わず、王都を離れ、森の近くにある小さな村へ入った。
畑の間を抜け、古びた一軒家の前で止まる。
少し迷うように左右へ揺れたあと、扉へ体当たりした。
ごん。
ごん。
ごん。
家の中から足音がする。
扉が開いた。
「何の音――」
長姉が言葉を止めた。
ガラスの靴はその脇をすり抜け、家の中へ飛び込む。
暖炉の前では、シンが薪を割るための斧を研いでいた。
棚の上には、昨夜シンが持ち帰ったもう片方のガラスの靴が置かれている。
靴は一直線に走り、その足元へ滑り込む。
シンは砥石を止めた。
靴を見下ろす。
開いた扉の外を見る。
王家の馬車。
騎馬兵。
先頭では、フィルが今にも馬車から飛び降りそうな顔をしている。
「そっか」
シンは足元の靴を拾い上げた。
「戻ってきちまったか」
ガラスの靴が、小さく震える。
「仕方ないよな。何かされそうだったんだろ」
長姉と次姉が揃って靴を見る。
「シン。その靴、あなたを売ったのよ」
「こいつも生き残りたかったんだろ」
シンは表面についた泥を袖で拭う。
「よく戻ってきたな」
馬車から下りたフィルは、その光景を窓越しに見ていた。
胸が、また強く鳴る。
自分を売った靴を責めない。
悪態もつかない。
怯えて戻ってきた靴を責めず、泥まで拭っている。
(優しい)
フィルの胸の中で、昨夜から膨らみ続けていたものが、さらに大きくなった。
(やっぱり好き)
兵士が家へ入る。
「昨夜、王城の舞踏会へ侵入した者だな」
シンは靴を持ったまま立ち上がった。
「そうだ」
「否定しないのか」
「その靴がここまで来てるんだ。今さら無理だろ」
「男子禁制の王室行事への侵入、魔法による身分偽装、衛兵からの逃走について、城まで同行願う」
「王子を助けた件は?」
「それについては、王家より深く感謝する」
「差し引きにはならないか」
「法律は帳簿ではない」
「そうか」
シンは斧を壁へ立てかけた。
「なら、行こう」
「シン!」
長姉が腕をつかむ。
「大丈夫だ」
「でも、牢へ入れられるのでしょう?」
「城へ不法侵入したのは事実だ」
「私たちを守るためだったのに」
「それでも、やったのは俺だ」
シンは長姉の手を軽く叩いた。
「姉貴たちは家にいろ。すぐ戻る」
次姉が眉を寄せる。
「戻らなかったら、城まで迎えに行くから」
「ああ」
「王子様に変なことをされないようにね」
「される側には見えないだろ」
扉の外にいたフィルが、思わず口を挟む。
「変なことはしません!」
全員が王子を見る。
フィルは赤くなった。
「僕は、その、事情を聞きたいだけで」
シンが目を細めた。
「王子自ら来たのか」
「会いたかったので来ました」
兵士たちが一斉にフィルを見た。
「命の恩人としてです」
フィルが付け加える。
シンは少し笑った。
「そういうことにしておく」
****
王城へ着いたシンは、兵士二人に挟まれ、地下へ向かう階段の前まで連れていかれた。
フィルが慌てて前へ回り込む。
「待ってください」
「殿下?」
「どこへ連れていくのです」
「地下の留置室です」
「この人を?」
「不法侵入者ですので」
フィルは暗い階段を見た。
昨夜、自分を助けてくれた男が、冷たく暗い場所へ入れられる。
考えただけで胸が痛んだ。
「客間へ連れていってください」
兵士たちが黙った。
「殿下。客間は客人を迎える部屋です」
「この人は僕の命の恩人です」
「同時に、不法侵入者でもございます」
「では、客間を牢にします」
「客間は牢にはなりません」
フィルは少し考えた。
その顔が、急に明るくなる。
「ああ、いいことを思いつきました」
兵士たちは嫌な予感を覚えた。
フィルは近くにいた侍従から紙とペンを借り、その場で何かを書いた。
「こちらへ」
城の上階にある客間へ向かう。
シンと兵士たちも、仕方なく後を追った。
部屋は広かった。
大きな寝台。
暖炉。
柔らかな長椅子。
窓の外には庭園が見える。
シンが室内を見回す。
「俺の家より立派だな」
「少し待ってください」
フィルは先ほどの紙を、扉の外側へ貼った。
大きな文字で、
牢屋♡
と書かれていた。
フィルは満足そうに頷く。
「これで牢です」
「なりません」
兵士の返答は早かった。
「どうしてです?」
「札を貼っただけで客間が牢になるのなら、王城中が牢になります」
「ここだけです」
「最後の印は何でしょうか」
「少し寂しかったので」
「牢に愛らしさは必要ありません」
シンが札を眺める。
「俺、ずいぶん楽しそうな場所に収監されるんだな」
「楽しんでは駄目です。牢なので」
「暖炉と酒があるぞ」
「厳しい牢です」
「どの辺がだ」
兵士が紙を剥がそうとした。
フィルが両手で札を押さえる。
「命の恩人を、地下の寒い部屋へ入れたくないんです」
「お気持ちは分かりますが、規則が」
「扉の前へ兵を置いてください。窓の外にも」
「そこまでして客間へ入れる必要がございますか」
「僕も、事情を聞きに来やすいです」
「そちらが本音では?」
フィルは黙った。
兵士たちは王子を見る。
フィルは札を押さえたまま、少しだけ上目に彼らを見た。
「……駄目?」
兵士たちの表情が崩れた。
「いいです!」
「本日より、こちらが牢です!」
「寝具も最上級へ交換いたします!」
隊長が振り返った。
「お前たち、陥落が早いぞ」
フィルは嬉しそうにシンを見る。
「今日から、ここがあなたの牢です」
「分かった。ただ、その♡は外せ」
「どうして?」
「俺が入る前から、妙な噂になる」
「既に兵士全員が見ました」
「手遅れか」
****
夕食は豪華だった。
焼いた肉。
温かなスープ。
柔らかなパン。
果物と酒。
シンは窓際の卓で食事を終えると、浴室を借り、用意されていた寝間着へ着替えた。
牢とは何だったのか。
扉の外には確かに兵が立っている。
だが、中から鍵は掛かっていない。
逃げようと思えば、窓から出ることもできる。
もっとも、逃げるつもりはなかった。
シンは大きな寝台へ腰を下ろした。
しばらくすると、扉が叩かれる。
「殿下が入ります」
返事をする前に、フィルが入ってきた。
扉の外で兵士が尋ねる。
「殿下。事情聴取はどれほど掛かりますか」
「少し長くなると思います」
「朝食はお二人分でよろしいでしょうか」
「どうして朝まで掛かる前提なんですか」
「念のためでございます」
「……お願いします」
扉が閉まった。
シンは腕を組む。
「事情聴取か」
「はい」
「何を聞く」
フィルは扉を背にしたまま、すぐには近づかなかった。
昼間より簡素な服を着ている。
髪も少し下ろしていた。
王子というより、一人の若い男に見える。
「あなたの名前を」
「シンデレラ。シンと呼ばれている」
「シン」
フィルは確かめるように繰り返した。
それだけで、嬉しそうに口元が緩む。
「俺の名前だけで満足したのか」
「とても」
「変わった王子だな」
「昨夜から、ずっと会いたかったんです」
フィルはゆっくりと近づいた。
「舞踏会で、最初に女性の姿のあなたを見ました」
「あれは靴の魔法のせいだ」
「分かっています」
「女だと思ってたんだろ」
「はい」
「男で残念だったか」
フィルは大きく首を横へ振った。
「もっと好きになりました」
シンが目を瞬く。
フィルは、言ってしまったあとで恥ずかしくなったらしい。
頬だけでなく、耳まで赤い。
それでも目をそらさなかった。
「綺麗な女性だと思いました。でも、誰より男前で、ずっとお姉様方を守っていた」
「姉貴だからな」
「僕を助けるとき、目の前で男の人に戻って」
フィルは両手を胸元で重ねた。
「もっと男前だと思いました」
「昨夜も言ってたな。頭を打ったんじゃないか」
「打っていません」
「会って一日だぞ」
「一日中、シンのことを考えていました」
「公務は?」
「全部終わらせました」
「真面目だな」
フィルは寝台の前で立ち止まった。
シンを見下ろしていたが、すぐに視線を落とす。
指先で服の裾をつまんだ。
「僕は、母上から、もっと男らしくなれと言われます」
唐突な言葉だった。
「女性一人選べない。強く言えない。すぐに怯える。王子なのに、頼りないと」
フィルは小さく笑った。
重く語るつもりはないらしい。
けれど笑い方が、少し寂しかった。
「でも、シンを見ていたら、僕も自分で欲しいものを選びたくなりました」
「それが俺か」
「はい」
迷いのない返事だった。
フィルは一歩近づく。
シンの膝の間へ入るほど近くまで来て、また赤くなった。
「僕にも、何かさせてください。シンが喜ぶことを」
思いがけないほど真っすぐな言葉に、少し呆気に取られた。
フィルの顔が不安そうに曇る。
「疑っているんですね」
「そんなことはない」
「でも、今、黙りました」
「急だったからだ」
フィルは唇を結んだ。
何かを決意したように、両手を強く握る。
その顔は必死だった。
「なら、証明します」
「何をだ」
フィルは一歩近づいた。
頬を赤くしながら、それでも逃げない。
一度は視線を落としたが、最後にはシンを見上げた。
「シンを、口で気持ちよくしてもいいですか」
声は小さい。
けれど、はっきりしていた。
自分からしたくてたまらない顔をしている。
それでも、恥ずかしさだけは隠せないらしい。
恥ずかしさで潤んだ目。
自然な上目遣い。
必死に真面目な顔を保っているのに、どう見ても可愛い。
シンは、その破壊力に一瞬圧倒された。
(何だ、この可愛さ)
「いいが」
フィルの目が明るくなる。
シンは少しだけ口元を緩めた。
「王子が、そんなことできるのか」
「できます!」
返事だけは、妙に力強かった。
「やったことは?」
「ありません」
「ないのかよ」
「でも、一生懸命します」
シンは片手で顔を覆った。
「何か変なことを言いましたか」
「いや」
一生懸命。
その言葉に弱い。
姉たちもそうだった。
苦しくても家事をする。
金がなくても工夫する。
ヴィオラも、年を取ってなお魔法を研究している。
そして、この王子も。
怖がりで、恥ずかしがりで、それでも好きな相手を喜ばせようとしている。
「そういうこと言われると、断れねぇんだよな」
フィルの顔が、ぱっと明るくなる。
「では」
「ああ。来い」
フィルは緊張した様子で膝をついた。
シンの手が、その柔らかな金髪を撫でる。
フィルはシンの膝へ、そっと両手を置いた。
すぐ目の前にいるのに、その先へ進むには勇気が要るらしい。
指先が少し震えている。
それでも手を引かず、衣服の上から形を確かめるように触れた。
シンの呼吸がわずかに変わる。
フィルはすぐに顔を上げた。
「今、気持ちよかったですか」
「触っただけだろ」
「でも、声が少し変わりました」
「よく見てるな」
褒められたと思ったのか、フィルの目が嬉しそうに細くなる。
もう一度、今度は先ほどより確かに手を動かした。
衣服越しにも、熱と硬さが伝わったらしい。
フィルの頬がさらに赤くなる。
「大きいです」
「今さら怖くなったか」
「少し驚いただけです」
フィルは指を掛け、ゆっくりと衣服を緩める。
慣れない手つきで取り出すと、目を見開いた。
近くで見るのは初めてなのだろう。
しばらく、何をすればよいのか分からないように見つめている。
「見るだけで終わるか?」
「今、覚えています」
「見て覚えられるものか」
「触ってもいいですか」
「そのために出したんだろ」
フィルは恐る恐る手を伸ばした。
指先で触れ、それから手のひらで包む。
熱と脈動を確かめるように、ゆっくり上下へ動かした。
シンの息が深くなる。
フィルはまた顔を上げた。
「これは、いいですか」
「ああ」
「もっと?」
「好きにしろ」
「分からないから聞いているんです」
シンは笑い、フィルの手へ自分の手を重ねた。
動かす速さと握る強さを、一度だけ教える。
フィルは真剣な顔で、その動きを覚えようとしていた。
シンが手を離す。
今度は一人で動かす。
まだ不慣れだが、先ほどより滑らかになった。
「そうだ」
「これでいいんですね」
「ああ」
フィルの表情が明るくなる。
少しでもシンが反応すれば、それだけで嬉しいらしい。
何度か手を動かしたあと、フィルは唇を軽く噛んだ。
視線を落とす。
「次は」
「やり方は分かるのか」
「たぶん」
「いちばん信用できない返事だな」
フィルはむっとした顔をしたが、すぐにまた緊張した表情へ戻った。
手で支えながら、顔を近づける。
熱い息が触れた。
その近さに、自分で恥ずかしくなったのか、一度だけ動きが止まる。
シンは急かさなかった。
金髪を撫で、ただ待つ。
フィルはその手へ励まされたように目を閉じた。
先端へ、そっと唇を触れさせる。
すぐに離れた。
シンの反応を確かめる。
「今のは?」
「悪くない」
「悪くない、ですか」
「初めてならな」
フィルは少し不満そうに眉を寄せた。
今度は先ほどより深く唇を重ねる。
口を開き、ゆっくりと含んだ。
シンの指が、金髪の中へ沈む。
「ん……」
フィルは驚いたように目を上げた。
シンの息が、はっきり乱れていた。
それを見た途端、フィルの目が嬉しそうに細くなる。
もう一度、口に含む。
最初は浅く。
無理に深くせず、舌先で確かめ、手の動きと合わせようとする。
まだひどくぎこちなかった。
フィルは何をすればいいのか分からず、何度もシンの顔を見る。
けれど、シンの呼吸が少し変わるたび、嬉しそうに目を細めた。
「今の、よかったですか」
「ああ」
「本当に?」
「嘘を言ってどうする」
「でも、僕は上手ではないから」
「初めてなら十分だ」
褒められた途端、フィルはさらに熱心になった。
シンの手が髪を撫でれば、その通りに動こうとする。
少しでも反応があれば、そこを覚え、もっと喜ばせようとする。
器用ではない。
だが、真剣だった。
シンは次第に余裕を失っていった。
「フィル」
名前を呼ぶ。
王子は顔を上げる。
唇は濡れ、頬は赤い。
そのくせ、嬉しそうだった。
「もういい」
フィルの顔が曇る。
「気持ちよくなかったですか」
「逆だ」
シンは金髪をつかむ手へ力を込めた。
「このままだと、出る」
フィルの目が見開かれる。
すぐに、嬉しそうに細くなる。
「僕が、してもいい?」
「そのまま」
フィルは頷いた。
懸命に応えようとする姿に、シンの理性が途切れる。
「うぅ……出る」
フィルは逃げなかった。
最後まで受け止め、しばらくそのまま動かなかった。
やがて、ゆっくりと顔を上げる。
とろとろに潤んだ目。
赤い頬。
濡れた唇。
それでも、何より目立つのは満足そうな笑顔だった。
「僕、うまくできた」
「ああ」
シンは親指で、その口元を拭った。
「予想以上だ」
「本当に気持ちよかった?」
「見れば分かるだろ」
「よかった……」
フィルは心から安心したように笑った。
シンの胸の奥が、妙にむず痒くなる。
自分が達しただけで、どうしてこの男は、自分が褒められたように嬉しそうなのか。
「自分がされたいだけじゃなかったのか?」
「それも、あります」
「正直だな」
「でも、シンが気持ちよさそうなのが、いちばん嬉しかったです」
シンは黙った。
やはり、一生懸命な男だ。
「シン」
「何だ」
フィルは膝をついたまま、少し体を揺らした。
視線が落ち着かない。
「どうした」
「僕も」
口ごもる。
服の裾を握りしめる。
先ほどよりも、さらに赤くなった。
「欲しくなっちゃいました」
シンの眉が上がる。
フィルは上目にシンを見る。
「だめですか?」
兵士たちが陥落した理由が、少し分かった。
シンにも効いている。
ただし、すぐに頷くのは悔しい。
「自分だけ満足して帰る気はないのか」
「シンばかり気持ちよくなるのは、ずるいです」
「お前がしたかったんだろ」
「しているうちに、僕も熱くなってしまって」
フィルは恥ずかしそうに目を伏せた。
「抱いてほしいです」
シンは、その顎を持ち上げた。
「王子の命令か」
「違います」
「なら、誰の願いだ」
フィルはシンを見た。
「フィルとして、お願いします」
シンは立ち上がった。
フィルの体を抱き上げる。
「わっ」
「軽いな」
「自分で歩けます」
「今さら格好つけるな」
「格好つけたいわけでは」
シンはフィルを寝台へ下ろした。
逃げ道を塞ぐように、両脇へ腕をつく。
フィルの呼吸が速くなる。
「怖いか」
「少し」
「やめるか」
フィルは首を振った。
「シンがいいです」
その返事を聞き、シンは口づけた。
先ほどとは逆だった。
フィルが与える側ではなく、シンに奪われる。
深く口づけられただけで、フィルの喉から甘い声が漏れた。
「んっ……♡」
シンが唇を離す。
「もう声が出るのか」
「だって、さっきとは全然違って……」
「恥ずかしいか」
「はい」
「それでも欲しい?」
フィルは赤い顔で頷いた。
「はい」
シンは、フィルの耳元へ口を寄せる。
「男らしいな」
フィルの体がわずかに震えた。
「僕が?」
「ああ。恥ずかしくても、欲しいって自分で言った」
「そんなことを、男らしいと言ってもらったのは初めてです」
「なら覚えろ。逃げずに俺を選んだ。十分男らしい」
フィルは嬉しそうに目を細めた。
その顔があまりに素直で、シンはまた口づける。
服が乱れ、熱が重なる。
フィルは触れられるたびに小さく声を漏らした。
「んっ……♡ シン……」
「声を我慢しなくていい」
「でも、兵が外に」
「王子が作った牢だろ」
「そうですけど……♡」
甘い吐息が続く。
シンがゆっくりと受け入れられるように整えていく間、フィルは何度も肩へしがみついた。
「そこ……っ♡」
「気持ちいいか」
「はい……でも、恥ずかしいです」
「何がだ」
「自分からお願いしたのに、もうこんなに……♡」
「好きな男に抱かれたいんだろ。恥ずかしがることじゃない」
「そんなふうに言われる方が、もっと恥ずかしい……♡」
シンは笑った。
「ほんと、可愛い男だな」
フィルの頬が膨らむ。
「可愛いではなく、男らしいと言ってください」
「さっき言っただろ」
「両方は駄目です」
「何でだ」
「僕だって男です」
「男のまま可愛いって言ってる」
「もう……」
抗議は続かなかった。
シンが深く触れると、フィルの背が跳ねる。
「あっ……♡」
「今の顔も可愛い」
「意地悪です……♡」
やがて、二人の距離がなくなる。
フィルはシンの肩へ腕を回し、熱を受け止めた。
「待って……大きい……♡」
「止めるか」
「止めないでください」
「ゆっくりでいいか」
「はい……奥まで、ゆっくり……♡」
少しずつ深くなる。
フィルは目尻へ涙を浮かべながらも、シンを離さなかった。
最後まで受け止めた瞬間、細い息が震える。
「全部……入った……♡」
「よく受け止めたな」
「僕、上手ですか」
「ああ。ちゃんと俺を迎えてる」
フィルの顔が緩んだ。
「よかった……♡」
シンは浅く動き始めた。
急がず、フィルの反応を確かめながら、内側をゆっくり擦る。
フィルは最初こそ息を殺していたが、弱い場所へ触れられた瞬間、声を隠せなくなった。
「あっ♡ 今のところ……」
「ここか」
「んぅっ♡ そこ、もう一度……♡」
シンは同じところを丁寧に擦る。
フィルの腕に力が入った。
「シン……上手……♡」
「お前も上手だったぞ」
「嬉しい……♡」
褒められるたび、体から余計な力が抜けていく。
フィルは恥じらいながらも、自分からシンへ寄った。
シンはそれを見逃さない。
「もっと欲しいのか」
「少しだけ」
「少しでいいんだな」
「……もう少し多くても」
「欲張りだな、王子」
「シンが気持ちよくするからです……♡」
動きが深くなる。
フィルの声も高くなる。
「奥……っ♡ そこまで来るんですね……♡」
「嫌か」
「好きです……もっと……♡」
自分で言ったあと、フィルは顔を隠そうとした。
シンがその手を取る。
「隠すな」
「今、きっと変な顔をしています」
「いい顔だ」
「本当?」
「ああ。俺を欲しがってる顔だ」
「もう……♡」
フィルは恥ずかしそうにしながらも、シンをまっすぐ見た。
シンは胸の内で思う。
一生懸命だ。
自分を喜ばせるときも。
抱かれるときも。
褒められれば全身で喜び、恥ずかしくても逃げない。
(ほんと、可愛い男だな)
シンはフィルを抱き込み、さらに深く求めた。
「あぁっ♡」
フィルの声が客間に響く。
「シン……もう、僕……♡」
「限界か」
「はい……でも、シンと一緒がいい……♡」
「なら俺を離すな」
「離しません……♡」
何度も擦られ、奥まで届かされ、フィルの言葉が崩れていく。
「いく……っ♡ シン、僕……いっちゃう……っ♡♡」
シンの腕の中で、フィルの体が大きく震えた。
その反応に煽られ、シンも最後まで深く求める。
フィルは声を上げ、シンの名を呼びながら絶頂した。
****
しばらくしても、フィルは離れようとしなかった。
シンの胸へ頬を寄せ、乱れた呼吸を整えている。
髪は崩れ、頬には熱が残り、唇はまだ濡れていた。
シンはその髪を撫でる。
「満足したか」
「はい」
「即答だな」
「とても幸せです」
「大げさな王子だ」
「初めて、こんなに満たされました」
フィルの声は小さかったが、暗くはない。
ただ、嬉しさを噛み締めている。
シンは腕へ力を込め、抱き直した。
「そうか」
「シン」
「何だ」
フィルは少し顔を上げた。
「また来てもいい?」
「事情聴取にか」
「はい」
「今日の事情は、もう十分聞いただろ」
「まだ聞きたいことがあります」
「例えば?」
フィルは少し考えた。
「シンが何を好きか」
「さっき教えた」
「もっと知りたいです」
シンは笑った。
「欲張りだな」
「駄目?」
また、その顔。
シンは額を指で軽く弾いた。
「その顔を兵士以外にも使うなよ」
「使っていません」
「俺に使ってる」
「効きませんか?」
「効くから困ってる」
フィルは嬉しそうに笑い、また胸へ頬を寄せた。
シンは天井を見る。
昨日会ったばかり。
王子。
男。
自分から牢へ訪ねてきて、懸命に尽くし、抱かれたいと願った。
変わった男だ。
だが、嫌ではない。
むしろ――。
「また来いよ」
フィルが顔を上げる。
「明日も?」
「体が平気ならな」
「明日までに元気になります」
「公務は」
「全部終わらせます」
「真面目なのか欲張りなのか、分からないな」
「両方です」
シンは声を立てて笑った。
扉の外。
兵士たちは、朝食を二人分にしておいた判断が正しかったことを確信した。
その扉には、今も大きく、
牢屋♡
と貼られていた。
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