3 / 3
第3話 本気で可愛がってやる
客間の扉には、今日も大きく、
牢屋♡
と貼られていた。
札は王妃によって一度剥がされた。
フィルが貼り直した。
二度目は王妃が破いた。
フィルが、前より厚い紙で書き直した。
三度目には、扉へ直接文字を書くと言い出したため、王妃が諦めた。
「王家の客間へ落書きをするつもりですか!」
「母上が札を剥がすからです」
「そもそも、ここは牢ではありません!」
「兵が見張っています」
「あなたが毎晩入っているでしょう!」
「事情聴取です」
「朝まで?」
「複雑な事件なので」
王妃は何か言いかけた。
扉の前に立つ兵士たちは、誰一人として目を合わせなかった。
****
客間牢が誕生してから、五日。
フィルは毎晩、事情聴取へ訪れていた。
一日目は、シンの好物について。
二日目は、姉二人の幼い頃について。
三日目は、シンが騎士を目指していた理由について。
四日目は、ただ隣で眠った。
最後の夜だけ、事情聴取ではないのではと兵士から指摘が入った。
フィルは、
「シンの寝相を調べていました」
と押し切った。
その夜から、兵士たちはフィルが来る前に、朝食を二人分頼むようになった。
****
「ずいぶん、いい牢ね」
面会に来た次姉が、室内を見回した。
長姉も、大きな寝台と暖炉を交互に見る。
「私たちの家より広いわ」
「俺もそう言った」
シンは長椅子へ座り、出された茶を飲んでいた。
囚人らしさは、扉の外に兵が立っていることくらいしかない。
食事は毎回豪華。
風呂も使える。
衣服も用意される。
城内の図書室から、本まで運ばれてきた。
「本当に帰ってこないつもり?」
「出してもらえないんだよ」
「脱走できそうだけど」
長姉が窓を見る。
「三階だが、降りられない高さじゃない」
「帰る気がないのね」
「事情が終わってないらしい」
次姉が扉の札を指差す。
「夜の?」
「何の話だ」
「兵士さんたちが、何も聞いてないのに『昨夜も長い事情聴取でした』って教えてくれたわ」
シンは茶を飲んだ。
長姉は頬を赤くし、次姉はにやにやしている。
「王子様とは、どういう関係なの?」
「会って一週間も経ってない」
「答えになってないわ」
そのとき、扉が開いた。
フィルが菓子を載せた盆を持って入ってくる。
「お待たせしました」
姉二人が立ち上がった。
「殿下」
「座っていてください。今日は、王都で人気の菓子を用意しました」
フィルは自ら茶を注ぎ、姉たちへ菓子を勧めた。
王子に給仕され、長姉は落ち着かない。
「私たちのような者に、そこまでしていただかなくても」
「シンの大切なご家族ですから」
フィルは当然のように答えた。
「長姉上は、甘いものがお好きだと聞きました」
「姉上?」
「シンのお姉様なので」
「王子様に姉上と呼ばれる日が来るとは思わなかったわ」
次姉が菓子をつまむ。
「私の好みも聞いているの?」
「服飾に興味がおありだと」
フィルは卓上へ一冊の本を置いた。
王都の仕立屋や布地商をまとめた名鑑だった。
次姉の目が輝く。
「これ、見てもいいの?」
「もちろんです。城下には、働き手を探している仕立屋も多いので」
「私が働くの?」
「望まれるのであれば。王都へ来ることを強いるつもりはありません」
フィルは柔らかく微笑んだ。
「ただ、選択肢は多い方がよいと思いました」
次姉がシンを見る。
シンは黙っていた。
長姉が遠慮がちに尋ねる。
「どうして、そこまで私たちへ?」
フィルは少し考えた。
「シンが、あなた方のために騎士になる夢を諦めたと聞きました」
シンが眉を上げる。
「誰に聞いた」
「シンに」
「俺、言ったか?」
「三日目の事情聴取で」
「話した気がするな」
フィルは姉たちへ向き直った。
「シンが大切にしてきた方々なら、僕も大切にしたいです」
長姉と次姉が顔を見合わせた。
次姉が、にやりと笑う。
「シン」
「何だ」
「この王子様、逃がさない方がいいわよ」
フィルが真っ赤になる。
「まだ、逃げるとも捕まえるとも言ってない」
「客間へ閉じ込められてるのは、あなたの方だけどね」
姉二人は、夕方までフィルと話して帰っていった。
扉の前で、次姉がフィルへ小声で何かを言う。
フィルの顔がさらに赤くなる。
シンが尋ねた。
「何を言われた」
「内緒です」
「姉貴に何を吹き込まれた」
「今夜も頑張って、と」
フィルは両手で顔を隠した。
シンは、しばらく黙ったあと笑った。
****
その夜。
フィルは、いつもより遅く客間牢へ来た。
手には小さな包みを持っている。
「今日は何だ」
「焼き菓子です」
「夕方も食った」
「これはシンの分です」
「そうか」
包みを受け取り、卓へ置く。
フィルは帰らない。
寝台の近くへ立ち、何か言いたそうにしている。
シンは長椅子へ座ったまま、その様子を眺めた。
「他に用があるんだろ」
「ありません」
「じゃあ、帰るか?」
フィルの肩が揺れる。
「……帰った方がいいですか」
「質問に質問で返すな」
「明日は朝から公務があります」
「なら寝ろ」
「はい」
フィルは扉へ向かった。
三歩進む。
止まる。
振り返る。
「シン」
「何だ」
「僕が帰ったら、寂しいですか」
「五日前まで、お前はいなかったぞ」
フィルの頬が少し膨らむ。
「そういう答えではなくて」
「王子は難しいな」
「シンが意地悪なんです」
「まだ何もしてない」
「これからするつもりですか」
言った直後、フィルは自分の言葉に気づき、耳まで赤くなった。
シンは口元を上げる。
「何を期待してるんだ」
「期待していません」
「じゃあ帰るか」
「……帰りません」
フィルは服の裾を握った。
視線を落とし、それでもシンの前へ戻ってくる。
「今夜も」
小さな声。
「今夜も、抱いてほしいです」
シンは、すぐには答えなかった。
フィルが不安そうに顔を上げる。
「毎晩来てるのに、まだ恥ずかしいのか」
「毎晩、抱かれているわけではありません」
「昨日は抱きついて寝ただろ」
「それは数に入りません」
「王子の基準は甘いな」
フィルの頬が、またぷーっと膨らんだ。
「もういいです」
背を向けようとした腰を、シンが引き寄せる。
フィルが声を上げた。
「わっ」
そのままシンの膝へ乗せられる。
「帰るのか?」
「帰ろうと思いました」
「本当に?」
「……少し止めてほしいとは思いました」
「素直じゃないな」
「シンが言わせるんです」
シンはフィルの顎を持ち上げた。
赤い頬。
揺れる瞳。
欲しいと言ったくせに、口づけられる直前になると息を止めている。
「目を閉じるな」
「恥ずかしいです」
「俺を見ろ」
フィルはためらいながら、シンを見た。
口づける。
前回より深く、最初から逃がさない。
フィルはすぐにシンの肩へ手を置いた。
「んっ……♡」
唇が離れる。
「もう声が出たな」
「急だったからです」
「今夜も抱けって言ったのはお前だろ」
「言いましたけど、心の準備が」
「五日間、何を準備してたんだ」
「シンのことを考えていました」
シンの眉が動く。
フィルは自分の返事が恥ずかしかったのか、顔をそらした。
「そういうことを平気で言うな」
「平気ではありません」
「顔は真っ赤だな」
「見ないでください」
「抱いてほしいのに、見るな?」
「顔だけです」
「面倒な王子だ」
そう言いながら、シンは笑っていた。
フィルの衣服を乱し、肌へ触れる。
フィルは恥ずかしそうに身をよじるが、離れようとはしない。
触れられるたび、小さな声が漏れる。
「んっ♡ シン……」
「前より感じるのが早いな」
「触られるのを、覚えたからかもしれません……♡」
「誰に覚えさせられた」
「シンです……もう、分かってるでしょう」
恥じらいながらも答える。
シンは、その素直さが可愛くて、丁寧にほぐしていった。
「そこ……♡」
「ここが好きだったな」
「覚えていたんですか」
「お前が分かりやすすぎる」
「分かりやすくありません」
「じゃあ、今の声は何だ」
「声は、勝手に……あっ♡」
同じ場所へ触れる。
フィルの腰が跳ねた。
「ほら」
「意地悪……♡」
「まだ優しくしてるぞ」
フィルがシンを見る。
その目に、少し期待が混じっていた。
シンは気づいた。
前回のように優しく抱かれることを望んでいるだけではない。
もっと強く求められるのを待っている。
それなのに、自分からは言えず、恥ずかしそうに視線を泳がせている。
(やばい)
シンはフィルの頬へ触れた。
(可愛すぎるだろ、こいつ)
フィルが首を傾げる。
「どうしました?」
「いや」
シンは少し考えた。
優しく抱くつもりだった。
前回のように、王子の呼吸へ合わせ、ゆっくり満たしてやればいいと思っていた。
だが、褒められるたびに嬉しそうに蕩ける顔。
可愛いと言われてむくれるくせに、もっと言ってほしそうな目。
恥ずかしいのに、自分から二度目を求めに来た一生懸命さ。
もっと乱したら、どんな顔をするのか。
見たくなった。
シンはフィルの腰を抱き、寝台へ下ろした。
「シン?」
いつもと違う空気を感じたのか、フィルが見上げる。
シンはその前に立った。
「そこに手をつけ」
フィルの目が見開かれる。
「え?」
「聞こえただろ」
声を低くする。
フィルは一瞬、戸惑った。
だが、嫌がる様子はない。
むしろ頬へ熱が広がっていく。
「今夜は俺が、本気で可愛がってやる」
フィルの喉が動いた。
「本気のシン……」
フィルは寝台へ手をついた。
言われた通りの姿勢になりながら、顔だけを振り返る。
嬉しさを隠しきれない目だった。
「嬉しくて……♡」
その一言で、シンの中の何かが完全に切り替わった。
「あとで泣いても知らないぞ」
「泣いても、やめないでください」
「言ったな」
****
つながった直後、フィルは大きく息を吐いた。
「シン……深い……っ♡」
「前より上手に受け止めてるな」
「本当ですか」
「ああ。男らしいぞ」
フィルの顔が嬉しそうに緩む。
その瞬間、シンは腰を引き、ゆっくりと擦った。
「あっ♡」
「褒められただけで、こんなに感じるのか」
「違います……今、動いたから……♡」
「そうか?」
もう一度、同じ場所を擦る。
フィルの腕が震えた。
「んぅっ♡」
「ほら、また嬉しそうな声が出た」
「嬉しそうでは……」
「嫌じゃない声だな」
「嫌じゃありません……っ♡」
「素直じゃないな」
シンは浅く、何度も同じところへ当てた。
フィルは次第に息を乱し、寝台の布を握りしめる。
「シン……そこばかり……♡」
「好きなんだろ」
「好きですけど……♡」
「なら喜べ」
「そんな言い方……ずるいです……♡」
フィルの声が甘く崩れていく。
それでも、どこか男らしく耐えようとしていた。
シンは気づいている。
「我慢してるのか」
「していません」
「王子は嘘が下手だな」
「僕だって、少しくらい男らしく……っ♡」
シンは動きを止めた。
フィルが息を呑む。
「そうか。男らしく我慢するのか」
「え」
「なら、このまま待てるな」
シンは深くつながったまま、動かない。
フィルの体は、次を待って小さく震えている。
「シン」
「何だ」
「少しだけ、動いてください」
「男らしく我慢するんだろ」
「さっきのは、そういう意味では」
「じゃあ、どういう意味だ」
フィルは答えられない。
シンは腰へ手を回し、自分から動けないように押さえた。
「勝手に動くなよ」
「でも……」
「王子なら命令を守れるだろ」
フィルは唇を噛み、頷いた。
「はい」
健気に待とうとする。
だが、深くつながった熱が消えるわけではない。
呼吸は速くなり、細い腰が耐えるように震えている。
シンはわざと、ほんの少しだけ内側を擦った。
「あっ……♡」
「今のは何だ」
「シンが動いたからです」
「俺はほとんど動いてない」
「少しでも分かるんです……♡」
「敏感だな」
「言わないでください」
「男らしい王子が、少し擦られただけで震えてるぞ」
「見ないで……♡」
「見せてるのはお前だろ」
フィルの頬が膨らむ。
「シンは意地悪です」
「そのわりに、離れようとしないな」
「好きだからです……っ♡」
即答。
シンの胸が熱くなる。
「そういうことを、今言うのか」
「本当ですから」
シンは深く突き上げた。
「あぁっ♡♡」
フィルの体が大きく揺れる。
「急に……奥まで……っ♡」
「むくれる余裕があったからな」
「それとこれは別です……♡」
「まだ口が回るな」
もう一度、深く。
フィルの抗議が途切れる。
「んぁっ♡ シン……そこ……♡」
「さっきから、そこが好きだって顔してるぞ」
「顔で決めないでください……っ♡」
「顔も声も、全部そう言ってる」
「違わな……あっ♡ 好きです……♡」
「素直で可愛いな」
フィルがぷーっと頬を膨らませた。
「また可愛いって言いました」
「可愛いからな」
「僕は男らしく」
強く突き上げる。
「あぁっ♡」
「こんなに感じても、俺を離さない。男らしいぞ」
フィルの表情が一気に緩む。
「なら、もう一度……言って……♡」
「男らしい」
ゆっくり擦る。
「んっ♡」
「だが、最高に可愛い」
「両方言うの、ずるい……っ♡」
シンは笑った。
煽れば煽るほど、フィルは恥ずかしがる。
恥ずかしがるくせに、褒められれば嬉しそうに体を預ける。
(まずいな)
シンはフィルの腰を抱き寄せた。
(もっと見たくなる)
動きを深くする。
フィルの声が、客間へ甘く響いた。
「シン……っ♡ もう、僕……♡」
「もう何だ」
「いきそうです……♡」
「早いな」
「シンが、ずっと同じところを……っ♡」
シンは、ぴたりと動きを止めた。
フィルの目が大きくなる。
「え」
「限界なんだろ。休ませてやる」
「違います」
「何が」
「止めてほしいとは言ってません」
「いきそうだと言っただけか」
「はい」
「じゃあ、このまま待て」
フィルが困ったように振り返る。
体は限界の手前で震えている。
「シン」
「何だ」
「意地悪です」
「知ってる」
「僕、一生懸命お願いしているのに」
「それがお願いか?」
「……動いてください」
「足りないな」
フィルは目を伏せた。
恥ずかしさで、耳まで赤い。
それでも、自分から求めようとしている。
「もっと、深くしてください……♡」
「まだ足りない」
「もう……」
シンは何もせず待つ。
フィルの体が、次を求めて震えている。
「男らしく言えるだろ」
フィルが息を吸う。
シンを見る。
恥ずかしくても、逃げない。
「シンが欲しいです」
声は震えていた。
「最後まで、してください……♡」
シンの目が細くなる。
「よく言えた」
「もう焦らさないで」
「王子の命令か?」
「フィルからのお願いです……♡」
シンは腰を強く引き寄せた。
「なら、叶えてやる」
寸止めを解く。
フィルが求めた場所へ、深く、何度も届かせる。
「あぁっ♡ それ……っ♡」
「これが欲しかったんだろ」
「欲しかった……♡ もっと……っ♡」
「我慢するな」
「シン……好き……っ♡」
「俺を見ろ」
フィルが顔を上げる。
涙で潤んだ目が、まっすぐシンを見た。
「男らしいな」
「嬉しい……っ♡」
「可愛いぞ」
「もう……っ♡」
「いけ、フィル」
「はい……シン、いく……っ♡ いっちゃう……っ♡♡」
フィルの体が大きく震えた。
声を隠すこともできず、シンの名を何度も呼ぶ。
シンは最後まで抱き込み、そのすべてを受け止めた。
****
フィルは、力の抜けた体をシンへ預けていた。
寝台へ横になっても、離れない。
シンの胸へ頬を寄せ、満足そうに息をついている。
「今日のシン」
「何だ」
「すごかったです」
「怖かったか」
フィルは首を横へ振った。
「とても嬉しかったです」
シンは黙った。
フィルは眠そうな目で、シンを見上げる。
「本気で欲しがってもらえた気がしました」
「前も欲しかったぞ」
「今日は、もっと」
フィルは少し恥ずかしそうに笑う。
「シンが余裕をなくしてくれるの、嬉しいです」
シンは額を押さえた。
「そういうことを素直に言うな」
「どうして?」
「またやりたくなる」
フィルの顔が赤くなる。
それでも、逃げるどころか、さらに胸へ寄った。
「では、またしてください」
「お前、少し前まで恥ずかしがってたよな」
「今も恥ずかしいです」
「そう見えないぞ」
「シンの胸に顔を隠しているからです」
確かに、耳は赤い。
シンはその髪を撫でた。
一生懸命で。
素直で。
煽れば可愛くむくれ、褒めれば心から喜ぶ。
本気で求めれば、それ以上の喜びを返してくる。
(まずいな)
シンは、フィルの額へ口づけた。
(俺、こいつに沼り始めてる)
扉の外。
兵士たちは、事情聴取が終わったらしい静けさに安心した。
一人の兵が、もう一人へ小声で尋ねる。
「今夜も朝食は二人分か」
「聞くまでもないだろ」
「殿下の公務は?」
「明日は午後からだ」
二人は頷いた。
客間牢の運用にも、すっかり慣れていた。
ともだちにシェアしよう!

