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第5話 世継ぎなら、僕が産みます

「結婚は認められません」 謁見の間へ、王妃の声が響いた。 フィルはシンの隣に立っている。 シンはいつもの簡素な服ではなく、王城から用意された黒い正装を着ていた。 長身と広い肩によく似合っている。 フィルは王子の礼装姿だった。 二人の前には王妃。 左右には重臣と近衛兵が並んでいる。 王妃はシンを見た。 「あなたが平民だから、という理由ではありません」 「そうなのか」 「王子の命を救った功績があります。騎士として取り立てるだけの腕もある。家族にも問題はありません」 「そこまで調べたのか」 「息子が夜ごと通い詰めた男です。調べない方がおかしいでしょう」 フィルが少し赤くなる。 「夜ごとではありません」 扉近くに立つ兵士たちが、一斉に視線をそらした。 王妃は息子を見た。 「問題は、世継ぎです」 「はい」 「あなたは次期国王。王家の血を絶やすわけにはいきません」 「分かっています」 「男同士で結婚して、どうするつもりです」 フィルは、にっこり笑った。 「じゃん」 衣服の陰から、ガラスの靴を取り出した。 「世継ぎの件は、もう考えてあります」 謁見の間が静まる。 王妃の眉が動いた。 「それは、ガラスの靴」 フィルは一通の手紙を開いた。 「これは、ヴィオラ様からの手紙です。読みますね」 男が履けば女になる。 女の姿で子を宿せば、靴を脱いでも子は残る。 つまり男の体で妊娠、出産出来る。 追伸。使い終わったら靴は返しておくれ。 王妃が額を押さえた。 「説明が雑すぎます」 王城付きの魔術師が手を挙げた。 「しかし、靴に込められた術式を見る限り、不可能ではないかと」 「あなたも雑な方へ乗らないでください」 フィルは椅子へ腰を下ろした。 ガラスの靴へ足を入れる。 「見てください。僕が履けば、この通りです」 光が足元から立ち昇った。 細身の男性だった体が、柔らかな女性の曲線へ変わっていく。 肩が華奢になり、胸元が膨らむ。腰が細くくびれ、金色の髪が背中まで伸びた。 光が収まる。 そこに立っていたのは、誰もが息を呑むほど美しい姫君だった。 謁見の間が静まり返る。 重臣の一人が感嘆の息を漏らした。 「なんと美しい……」 別の重臣も頷く。 「シン殿と並べば、まさに美男美女」 「実に絵になりますな」 「王家の婚礼にふさわしい」 周囲が次々に頷き始める。 長身で男らしいシン。 金髪の美しい姫君となったフィル。 確かに、一枚の絵のようだった。 王妃も女性姿の息子を上から下まで眺めた。 「まあ」 フィルが少し身構える。 王妃は嬉しそうに目を細めた。 「可愛いではありませんか」 「母上?」 「若い頃の私によく似ています」 「そこはご自分で言うんですね」 「当然です。私の子なのですから、王女になっても美しいに決まっています」 王妃は、先ほどまでの険しい顔から一転して上機嫌だった。 「これならよいでしょう」 「よいのですか」 「美しい姫君と勇敢な騎士。国民も喜びます」 重臣たちも盛り上がる。 「婚礼衣装は姫君用に仕立て直しましょう」 「白と金が映えるでしょうな」 「長いヴェールも必要です」 「王都中が沸きますぞ」 王妃が満足そうに頷く。 「フィル。これなら、あなたたちの婚姻を喜んで認めます」 「ありがとうございます」 フィルは微笑んだ。 それから、ガラスの靴を脱いだ。 「え?」 誰かの声が漏れた。 光がほどける。 長い髪が短くなり、胸元が平らになる。柔らかな体つきが元の細身の男性へ戻った。 いつもの王子フィルが立っていた。 謁見の間の全員が固まった。 王妃も、笑顔のまま動かない。 フィルは脱いだ靴を手に持ち、首を傾げた。 「どうかしましたか」 「どうかしましたか、ではありません!」 王妃が我に返る。 「なぜ脱ぐのです!」 「もう説明は終わりましたので」 「その姿のまま結婚するのではないのですか!」 フィルは目を瞬いた。 「どうしてです?」 一同の視線が集まる。 「ガラスの靴を履けば、シンとの子どもを宿せます」 「それは聞きました」 「ですから、世継ぎを作るときだけ履きます」 あまりに当然の口調だった。 「結婚式で履く必要はありません」 「ありません、ではない!」 王妃は、先ほどまで頭の中に描いていた美男美女の婚礼を一瞬で壊された顔をした。 「皆、その姿で婚礼を挙げると思っていたのですよ!」 「そうなんですか?」 フィルは重臣たちを見る。 全員が気まずそうに頷いた。 「美男美女で、絵になるかと」 「国民にも分かりやすく」 「王妃陛下にも似てお美しく」 王妃が胸を張る。 フィルは少し考えた。 「でも、僕は男です」 「靴を履けば姫になれるでしょう」 「世継ぎを作るときだけで十分です」 「そこまで用途を限定しますか!」 「はい」 フィルは迷いなく答えた。 「だって、シンは男の僕が好きだから」 そう言って、シンへ飛びついた。 シンは当然のように受け止める。 腰へ腕を回し、柔らかな金髪を撫でた。 「よく分かってるな、フィル」 「はい」 「女のお前も美人だったけどな」 「でも、男の僕の方が好きでしょう?」 「ああ。男のお前に惚れた」 フィルの顔が嬉しそうに緩む。 「では、この姿で結婚します」 「そうしろ」 「婚礼では、お姫様抱っこもしてください」 「お前、王子だろ」 「シンの花婿です」 「分かった。抱いてやる」 二人は周囲を忘れたように見つめ合った。 謁見の間には、何とも言えない沈黙が落ちる。 重臣の一人が、恐る恐る手を挙げた。 「世継ぎは、できるのですな」 「できます」 「婚礼も挙げる」 「挙げます」 「王子殿下は幸せである」 フィルはシンへ抱きついたまま頷いた。 「とても」 重臣は少し考えた。 やがて、両手を上げた。 「では、よいのでは!」 隣の重臣も続く。 「そうですな!」 「世継ぎ問題は解決!」 「王子殿下もご結婚!」 「勇敢な騎士が王家へ!」 「めでたい!」 一人が叫んだ。 「王子殿下、万歳!」 次々に腕が上がる。 「シン殿、万歳!」 「ご婚約、万歳!」 万歳はもう止まらない。 王妃も最初こそ呆れていたが、やがて諦めたように両手を上げた。 「もう好きになさい!」 「ありがとうございます、母上!」 フィルは嬉しそうにシンを見上げた。 シンはその額へ口づける。 「これで決まりだな」 「はい。男の僕と結婚してください」 「最初から、そのつもりだ」 謁見の間へ、もう一度大きな歓声が響いた。 **** 王妃は、その日のうちにシンを騎士へ任じた。 「王子フィルを救った功績により、シンを王家直属の騎士とします」 シンは王妃の前へ片膝をついた。 フィルが隣から小声で囁く。 「右膝です」 「こっちか」 「反対です」 シンは膝を入れ替えた。 王妃が眉を寄せる。 「礼法は、これから徹底的に学んでもらいます」 「覚える」 「王族の前では、もっと丁寧な言葉を使いなさい」 「善処する」 「既に不安です」 フィルが嬉しそうに割って入る。 「僕が教えます」 「あなたは甘やかすでしょう」 「シンは頑張る人です」 「今から褒めないでください」 シンは立ち上がった。 王妃から渡された剣を腰へ差す。 黒と銀の騎士礼装。 長身の体へよく似合っていた。 フィルは見上げたまま動かない。 「どうした」 「格好いいです」 「そうか」 「とても」 「分かったから、口を閉じろ」 「まだ言い足りません」 「結婚式まで取っとけ」 フィルは笑った。 「はい」 **** 婚礼の日。 王城の大礼拝堂には、大勢の人々が集まった。 姉二人は最前列に座っている。 長姉は涙を拭い、次姉は自分が手直ししたシンの礼装を満足そうに眺めていた。 ヴィオラも招かれていた。 ただし、若い騎士を眺めるたび、シンに睨まれている。 王妃は中央の席へ座り、威厳のある顔を保っていた。 その手元には、既に将来の孫へ贈る産着の図案が置かれている。 シンが礼拝堂へ入る。 黒を基調とした正式な騎士礼装。 胸元には王家直属騎士の紋章。 腰には剣。 堂々と歩く姿へ、参列者の視線が集まった。 その反対側から、フィルが現れる。 ガラスの靴は履いていない。 男の姿。 白と金の男性用婚礼礼装。 美しく整った顔立ちには王子の品格があり、それでもシンを見つけた瞬間、嬉しそうに表情が緩んだ。 二人が中央で向かい合う。 司祭が誓いの言葉を促した。 シンはフィルを見つめる。 「フィル」 「はい」 「俺と生きろ」 礼拝堂が静まった。 司祭が少し困った顔をする。 本来の誓いの文句とは違う。 フィルは気にしなかった。 「はい。毎日、好きだと言ってください」 「一生言ってやる」 フィルの目が潤む。 「では、一生シンと生きます」 「俺もだ」 司祭が咳払いした。 「誓いは成立したものといたします」 参列者から笑いが漏れる。 シンはフィルの頬へ手を添えた。 「愛してるよ、フィル」 「僕も愛しています」 口づける。 礼拝堂へ拍手が響いた。 王妃も満足そうに頷く。 ヴィオラは若い騎士から視線を戻し、拍手をした。 姉二人は泣きながら笑っていた。 **** 礼拝堂を出た途端、シンはフィルの背と膝裏へ腕を回した。 そのまま軽々と抱き上げる。 「わっ、シン!」 フィルが慌てて首へ腕を回す。 王子の婚礼礼装をまとった男が、騎士姿の夫にお姫様抱っこされている。 参列者が歓声を上げた。 「本当にするんですか」 「約束しただろ」 「それは花嫁にするものでは?」 「俺の王子は、世界一可愛い花婿だからな」 「また可愛いって」 「男らしいとも思ってる」 フィルの顔が明るくなる。 「では、許します」 シンはそのまま階段を下りた。 フィルは恥ずかしそうに周囲を見る。 「下ろしてください。みんな見ています」 「嫌そうじゃないな」 「嬉しいですけど、恥ずかしいです」 「知ってる」 「顔を見ないでください」 「見る」 「もう」 ぷーっと頬が膨らむ。 シンは笑い、抱き上げたまま額へ口づけた。 城中の鐘が鳴り響いた。 男前な騎士と、美しい王子の結婚を祝う鐘だった。

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